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「僕が行きたいのはジャイアンツだけです」オリックスのドラ1指名を拒否…内海哲也が明かす東京ガス入社の真相「俺、高校をやめて働くわ」
posted2023/07/12 17:00
text by
内海哲也Tetsuya Utsumi
photograph by
JIJI PRESS
巨人、西武の投手として通算135勝を挙げ、2022年に現役を引退した内海哲也。敦賀気比高時代に「北陸のドクターK」と称された左腕は、なぜオリックスからドラフト1位指名を受けながら東京ガス入社を選んだのか。7月12日に発売された著書『プライド 史上4人目、連続最多勝左腕のマウンド人生』(KADOKAWA)より、一部を抜粋して紹介します。(全3回の1回目/#2、#3へ)
家族のため、プロ野球選手になると決意
高3の夏の大会が終わり、控えているのは秋のドラフト会議です。
僕が初めてプロ野球選手になることを現実的に考え始めたのは、高2の夏でした。
先輩から「プロに行けるんじゃねえ?」と言われた話は前述しましたが、ほどなくして「プロのスカウトが見に来る」という情報が入ってきました。
ウソやろ……。まさかの知らせに驚くと同時に、プロに行けるかもしれないと考えるようになりました。
最初に見に来てくれたのは、ジャイアンツのスカウトです。僕は子どもの頃からジャイアンツが大好きで、いつか自分もユニフォームを着たいと夢見てきました。テレビをつければジャイアンツ戦が放送されていて、特にエースの斎藤雅樹さんに憧れていました。
祖父の内海五十雄が戦前、ジャイアンツの選手だったという縁もあります。子どもの頃に祖父の家に遊びに行くと、いつもジャイアンツ戦を見ていました。巨人が負けると、不機嫌になっていた記憶が残っています(笑)。
そんな憧れの球団のスカウトが、高校生の自分を最初に見に来てくれたのです。僕の気持ちは一気にジャイアンツに傾きました。
左腕投手として高2の夏から順調に成長し、「ドラフト候補」として注目してもらえる存在になり、高3夏の大会を終えて秋のドラフト会議が近づいてきました。
当初、僕はジャイアンツへの想いを胸の奥に抱きながらも、「どの球団でもプロに行きたいです」と公表しました。自分の気持ちに蓋をしたのは、高2の夏休み中に両親が離婚して母子家庭になっていたからです。