マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
「高1夏の甲子園が忘れられない」ある野球エリートの就活…なぜ生涯年収3億円~の“安定した仕事”を捨てたのか?「大阪桐蔭一強」への挑戦
posted2023/01/19 20:00
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph by
JIJI PRESS
シーズンオフに届く知らせというのは、嬉しいことより、ちょっともの悲しくなることのほうが多い。
たまに「結婚します!」というような知らせも挟まるが、「今年で退団することになりました」とか「監督を後進に譲ります……」のような、相手にも自分にも「励まし」を必要とする悲しい知らせのほうが多い。寒い時期だけに、知らせを受けたこちらの気持ちを立て直すのにも、なかなか時間がかかったりする。
彼が社会人野球の現役を退くと聞いたのは、ドラフトの前だったか、後だったか……いずれにしても、秋も盛りの頃だったと思う。
道端俊輔29歳。智弁和歌山高、早稲田大学から社会人野球の明治安田生命……ずっとレギュラーマスクをかぶってきただけあって、「ああ、あの」と思い出すファンの方も少なくないと思う。
「履歴書を高校に直接送っています」
私とは、大学の先輩、後輩にあたり、彼はスタープレーヤー、こっちは馬の骨と、選手としての立場は違えども、同じ「捕手」ということで、話をすることが何度もあった。
社会人野球の第一線で7年間プレーして、ここから先は、高校球児の指導にあたりたいというから、次の心当たりがあって言っているのかと思ったら、そんなものはないと言うから驚いた。
甲子園でなかなか勝てない地域で指導をしたいので、これは……と思った高校に履歴書と手紙を送って、就職活動をしているという。
聞いて、なんだか笑顔になってしまった。同じような話を、昔、聞いたことがあるからだ。誰でもない……私自身のことだ。プロ野球でスカウトの仕事がしたかった私も、ちょうど彼と同じ年ごろ、履歴書とスカウト熱望を訴える手紙を、12球団の球団社長や代表宛に送っていた。もちろん、推薦状も何も付けられない「丸腰」のアプローチだった。
それで、なんとか道が開けるものと、どこかで本気で思っていた。だから、同じことをしている彼をほほえましく感じたのだ。
彼の思いが結実する可能性が小さいことを感じながら、それを口に出さなかったのは、彼の愚直な努力を否定したくなかったせいもあるが、同時に「昔の自分」も否定したくなかったからだと思う。
「大阪の興国高校でコーチをします!」
12月になって、もう一度、彼から電話があった。