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「なぜ離婚するメジャーリーガーが少なくない?」貧しい家庭から成り上がった名ピッチャーが明かす、野球選手の“意外に弱いメンタル”
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byGetty Images
posted2022/09/20 17:01
カージナルスなどで活躍した名ピッチャー、ボブ・テュークスベリー。その“華麗な”セカンドキャリアとは?
テュークスベリーは投手出身だが、打者のメンタルスキルについても有効なアドバイスをしている。いまはニューヨーク・ヤンキースでプレーする一塁手、アンソニー・リゾの具体的な「気持ちの整え方」を読むと、大一番に向かうにあたって必要なのは、気持ちを高めることではなく、いかにリラックスして自分のパフォーマンスをするか、そこにフォーカスすることが大切だということが分かる。
レスター、リゾらは野球の技術だけでなく、メンタルスキルを手に入れることで大成功を収めたわけだが、テュークスベリーはあらゆるタイプの選手たちに接してきた。
「自分は完璧主義者だと思う」の悲劇
中でも興味深い実例は、ほとんどのメジャーリーガーは「自分は完璧主義者だと思う」と答えるということだ。ところが、そう答えた全員が完璧な人を誰ひとりとして知らないというのだ! テュークスベリーは完璧主義者の悲劇をこう書く。
「選手が完璧を求めてしまうのは、完璧さを求める親やコーチの影響を受けている場合が多い。彼らは何をするにも常にもっと上を目指すことを求められ、完璧なパフォーマンス以外で満足すべきではないと言われ続けてきた」
自分の周りに完璧主義者がいたら、気を付けた方がいい。
その人はプロセスではなく、結果ばかりを求め、「人生から楽しみを奪ってしまう」とテュークスベリーはハッキリと書く。野球の世界では、完璧主義者ほど自信がなく、練習をしすぎる傾向が強いため、結果的に燃え尽きてしまうリスクが高まるという。これは日本の学校スポーツにもよく見られることではないだろうか?
なぜ離婚するメジャーリーガーが少なくないのか?
『野球の90%はメンタル』がユニークなのは、華やかなメジャーリーグの世界において、選手たちのメンタル、そして生活が不安定なものだと明快に書いていることだ。これは日常の報道では決して触れることのない部分だ。
たとえば、結婚しているメジャーリーガーは単身赴任の場合が多い。だから、シーズン最終日にはその夜のフライトで家族の元へと一目散に戻る。納会やら、打ち上げやらはない。シーズン最終日のクラブハウスは、同じ顔触れでは二度と集うことはないメンバーの切ない瞬間を共有する場だ。
夜には、家族から温かい歓迎が待っているだろう――。私はそう想像していた。
ところが、テュークスベリーは自身の現実をこう書く。
「私の妻が『パパが帰ってきた最初の日』と名付けた日々も始まる。これは、シーズン中は遠征などで家にいない父親が、シーズンが終わり家庭に戻った時、子供の昼寝や食事の時間など、父親の不在中に母親が決めていた子供の生活上のルーティンが崩れることを意味する。そして、父親がまたいなくなるまでの間、家庭内の混乱が続く」
これは身につまされた。家事、育児において2月から9月まで戦力外である父親は、秋、冬の季節は家庭を乱す存在でしかない。メジャーの世界でスポットライトを浴びている選手たちは、家庭で脇役に転じることに慣れてはいない。実際、離婚するカップルも少なくはない。
本書には書かれていないが、おそらくテュークスベリーは家庭内で問題を抱える選手たちの相談にも乗っているのだろう(それは暗示されている)。
『野球の90%はメンタル』は、投球術の教科書というだけでなく、メジャーリーガーの生活を垣間見ることができる貴重な本だ。