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「なぜ離婚するメジャーリーガーが少なくない?」貧しい家庭から成り上がった名ピッチャーが明かす、野球選手の“意外に弱いメンタル”
posted2022/09/20 17:01
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by
Getty Images
野球好きにとって、素晴らしい本だ。
「投球術」のことを知りたい! と思っている人には、100パーセントおすすめ出来る。
元メジャーリーガーのボブ・テュークスベリーと、コラムニストのスコット・ミラーによる共著、『野球の90%はメンタル』は、メンタルスキルの本であり、そしてなにより投手の「頭脳」、「発想」についてワクワクしながら読み進められる本である。
序盤はニューハンプシャー州の貧しい家庭で育ったテュークスベリーが、どうやってメジャーリーグにたどり着いたが書かれる。野球一辺倒ではなく、父と母の不貞行為にも言及し、このあたりはトランプ支持者の背景を書いた傑作、『ヒルビリー・エレジー』を連想させる。
テュークスベリーは1986年にヤンキースでメジャーリーグにデビューするが、1990年まではマイナー降格やブルペンに回されるなど、辛酸を舐める。彼には当時の投手に求められていた剛速球がなかったからだ。メンタルトレーニングなんて、弱さの表れだと思われていた「マッチョ崇拝」の時代、チーム関係者や監督が「次、打たれたら降格だからな」と言い渡すことがまかり通っていた時代だ。
「あの39球目は“意味のない球”だった」
しかしテュークスベリーは、抜群の制球力とメンタルスキルで成功を収める。1992年のシーズンには233イニングを投げ、与えた四球は20個しかなかった。
「投球術」に関していえば、第6章の「『あわや完全試合』の教訓」がめっぽう面白い。
1990年8月17日、カージナルスで投げていたテュークスベリーはアストロズと対戦、7回表まで一人のランナーも出さなかった。完全試合達成まで、あとアウトを6つ取れば良い。しかし、彼は8回表にヒットを許す。打たれた理由はメンタルにあったとテュークスベリーは自己分析し、こう書く。
「あのプレッシャーから少しでも逃れたいと思った自分に不満を感じる」
この発想も十分に興味深いが、彼はこの試合の投球をすべて記憶していて、1球ごとにその意図、意味を説明しているのだ! これは野球ファンにとって「垂涎もの」だ。たとえば、5回表のある1球について、こんな具合に書く。