プロ野球PRESSBACK NUMBER
元プロ野球審判の後悔「私のミスジャッジがなければ江藤(智)は…」巨人の96年メークドラマはなかったとザンゲした理由
text by
佐々木昌信Masanobu Sasaki
photograph byJIJI PRESS
posted2022/05/05 17:02
1996年の巨人の「メークドラマ」。これには審判のミスジャッジも関与していた!?
「どうしてあんなに足を上げて打つんですか」
「足を上げないと、打球に力が伝わらないんです」
そう考えるとメジャーリーガーと比較して、日本人打者は残念ながらやはりパワー不足なのかもしれません。
私のミスジャッジが遠因だった96年巨人メークドラマ
懺悔(ざんげ)する話と言えば、私のプロ審判5年目、96年8月29日、広島市民球場で行われた広島—巨人戦です。私が球審、打席は巨人の仁志敏久選手でツーストライク後の外角低めを「ボール」と判定しました。
(際どい。ストライクでもよかったか……)
ストライクとコールしていれば見逃し三振。命拾いをした仁志選手のサードゴロがイレギュラーバウンドして、広島の江藤智三塁手の顔面を直撃しました。江藤選手は眼窩底骨折。試合後、先輩の二塁塁審に、叱咤と慰めを兼ねた言葉を掛けられました。
「低く見えたんか。しかし、ボールではちょっときついよな。そういうのがこの仕事、結局、積もり積もるわけだから。でも、明日も仕事は続くんだぞ」
当時、広島の三村敏之監督は、若手審判には「頑張れよ」と、すごく優しく声を掛けてくれる温厚なかた。しかし、あの一件に関しては違いました。広島弁ですごまれました。
「あの1球、お前がちゃんとストライクと言っとけば、江藤はケガせんで済んだんじゃ。そういう仕事をしてるんだぞ、あんたらは。肝に銘じておけ!」
広島の新聞に「本来、江藤の骨折は起きていないはずの惨劇」と辛らつに書かれました。
骨折で顔が少し変わってしまった江藤選手に……
それまで打率.314、32本塁打、79打点と四番打者として申し分のない成績を残していた江藤選手は戦線離脱。96年の広島打線は、一番・緒方耕市選手が出塁、二番・正田耕三選手がつないで、三番・野村謙二郎選手と四番・江藤選手が走者を還し、五番・前田智徳選手、六番・ロペス選手、七番・金本知憲選手がダメを押す。ビッグレッドマシンと異名を取ったリーグ随一の打線でした。
5月4勝0敗で月間MVPに輝いたエース格の紀藤真琴投手が9月5連続KOと不振を極めたこともあります。しかし6月末に首位独走していた広島は、巨人に最大11.5ゲーム差をつけていたのに巨人の大逆転優勝を許してしまった。あの一件がなければ、もしかしたら球史に残る、いわゆる「メークドラマ」はなかったかもしれないのです。
骨折で顔が少し変わってしまった江藤選手に、私は心の中でずっと詫びていました。
<#3へ続く>