今日はどうするんですか、と奥さまが尋ねる。

「どうしようかな……やめようかな……いろいろ考えながら、気がつくと電車乗って、球場に向かってる。それで、いったん現場に入ると、もうみんな忘れてる。のぞいてるファインダーと、目の前の選手と、私だけの世界が始まっている」

　55年のカメラマン生活で、右手の小指は横に曲がり、左の手のひらはいつも鈍痛に見舞われている。

「夏の甲子園なんか、自分でもすごい！と思います。だって、新聞社のカメラマンは2試合で交代だけど、私なんか、初日から決勝戦まで、あの炎天下で1日4試合、ぶっ通しですからね」

　グラウンドレベルで気温40度をはるかに超えるあの炎熱を知っているから、返す言葉も見つからない。

「なんで、あの炎天下で持つのかなぁって、ずっと考えて、最近、やっとわかったような気がするんです。バッターのインパクトですよ。あのジャストミートの一瞬を捉えたいんだな。でもね、それ、写真じゃないんですよ。私、ほんとは、写真なんか好きじゃないから。私、写真撮ろうと思って、シャッター押してるんじゃない。私自身がバッターボックスに立って、バットでボール打ってるんです。シャッター押しながら、実は私、今も野球やってるんですよ」

　若い日に、やり足りなかった野球。

　80歳、カメラマン席の青春。

　とんでもなくすごい人は、グラウンドだけにいるわけじゃない。

　同じ空間で働く者として、心から敬意を表せる人と出会えたことを幸せに思う。

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