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亀井善行39歳「若手はライバルじゃない」なぜ亀ちゃんは巨人軍で17年間も生き残れた? 大物ドラ1もFA組も…“亀井に負けた”外野手たち
text by
中溝康隆Yasutaka Nakamizo
photograph byNanae Suzuki
posted2021/10/26 11:05
10月23日のヤクルト戦後、亀井善行(39歳)の引退セレモニーが行われた。ファンにお別れの挨拶をする亀井
走攻守三拍子揃った背番号7は1年目に新人王、2年目に首位打者、3年目に最多安打と瞬く間に中心選手に。なお長野の入団から5年間の通算安打数767安打は、日本人選手としては長嶋茂雄や青木宣親を抑えてNPB歴代最多記録である。そんな強力な同世代のライバルの出現に加え、亀井は打撃不振や度重なる怪我にも悩まされ、迷走期に入ってしまう。12年は60試合で打率.236、13年は86試合で打率.257、こんなはずじゃなかったと焦るうちに30歳を超えていた。
抜群の野球センスを持ちながら故障に泣き、歳を重ね、だんだんと出番を失っていく。そんな野球選手は数多い。オレはこのまま終わってしまうのか……。もちろん本人にも危機感はあったのだろう。14年には69試合の出場に終わり、FA宣言しようか悩みに悩んだという。32歳のプロ野球選手。環境を変えるならギリギリの年齢だ。
そこで亀井は上司の原監督に相談へ。練習中に話し合い、その数時間後に巨人残留を表明する。首脳陣に「もうひとりカメイが欲しい」と言わしめる、類い稀な器用さを持つなんでもできる男。だが、皮肉なことになんでもできすぎてしまうから起用法が難しい。時に内野を守り、代打の切り札も務め、チーム事情でいきなり代役4番を打つこともあった。そして、どんな使われ方をされようと亀井は決して腐らなかった。ベテランになった? いや、大人になったのだろう。やがて尊敬する高橋由伸が引退、阿部慎之助もキャッチャーミットに別れを告げ、急激に変わり行く巨人の中で、亀井善行の存在感は年々増していく。
「若手はライバル?」「彼らが出た方が絶対にいい」
19年の503打席は09年に次ぐ自身2番目の数字で、30代になってからは自己最多。18年からの2年連続二ケタ本塁打はキャリア初だった。傷だらけの背番号9は、30代後半でレギュラー再奪取をしてみせたのだ。チームになにがあろうと、自分の仕事の準備を黙々とする。そんな中堅会社員の鑑のようなバイプレーヤーの生き様を象徴する発言が、ジャイアンツのファンクラブ会報誌のインタビュー記事にある。「若手はライバルなのか?」という質問に対して、亀井はこう答えている。