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《ドラフト》「語学留学しようと」野球をやめる覚悟のスラッガーは、なぜ<中日6位>に指名された? スカウトが明かす決断の理由
posted2021/10/22 17:03
text by
沢井史Fumi Sawai
photograph by
Fumi Sawai
大学最後の打席となったこの日の4度目の打席は、5球目のストレートを振り切った特大のレフトフライだった。
「あと少しだったんですけれどね……。あそこでホームランにできないのが今の自分。実はホームランは狙っていたんです。詰まっていたので確信はできなかったですが、(スタンドインできなかったのは)日ごろの行いなんでしょうね」
秋季リーグ最終戦の大阪経済大戦後、福元悠真は白いマスク越しに悔しそうに笑った。
中日6位、智弁学園時代にセンバツVを経験
今秋のドラフト会議で中日から6位指名を受けた福元は、智弁学園時代から名をはせた右のスラッガーだ。高校2年春から4番に座り、2016年センバツではエースの村上頌樹(阪神)らと共に日本一を経験。当時から上級生顔負けのパワフルなスイングを見せつけ、高校通算45本塁打の類いまれな長打力がストロングポイントだった。
高校からプロ入りも選択肢にあったが、智弁学園・小坂将商監督から「今行くより大学に行って木製バットで経験を積んで目指した方がいい」と進学を勧められた。
「大学ではプロに行くことを最終目標にして、4年間、結果を残す」
明確な目標を胸に大阪商業大の門をくぐった。
1年秋に感じた右肩の痛み
入学直後の春のリーグ戦ではいきなり全12試合に出場。22打数5安打と、まずまずの成績を残した。ところが1年秋のリーグ戦途中に右肩に痛みを感じ、その後右肩のクリーニング手術を受けた。2年春にはリーグ戦復帰を果たすが、リーグ戦終了直後に今度は右足太ももの肉離れを発症。秋のリーグ戦には何とか出場できたが、思うように走ることができなかった。その秋、チームはリーグ優勝を果たし、明治神宮大会に出場するも出場は代打での1打席のみ。昨秋は何とかフル出場を果たすも、肉離れの症状が尾を引き、一進一退の状況が続いた。