ぶら野球BACK NUMBER
10.8前夜の特濃ミスター伝説。
槙原・斎藤・桑田の証言がバラバラ?
text by
中溝康隆Yasutaka Nakamizo
photograph byKoji Asakura
posted2018/10/07 11:00
伝説の夜、10.8のマウンドで勝利を喜ぶ桑田真澄。日本球史で永遠に語り継がれる試合となった。
「桑田か? すぐ俺の部屋に来てくれ!」
さて、三本柱で最も若かった桑田真澄はどうだったのだろうか? 『10.8 巨人vs.中日 史上最高の決戦』によると、7日午後10時過ぎに長嶋監督からの電話が鳴った。
「桑田か? すぐ俺の部屋に来てくれ!」
最上階のスイートルームを訪ねた桑田は長嶋とふたりきりで話す。……って、槙原が自著で書いていた「三本柱が一緒に呼ばれて監督から試合を託された」という有名なエピソードは、どうやら「呼ばれたのは槙原と桑田だけ。しかも別々に1時間ごとに入れ替わりで」というのが真相のようだ。
勘違いしないで欲しいが、マキさんマジかよと突っ込みたいわけではない。過去とは美化された嘘だ。人の記憶というのは、それぞれ時間とともに無意識に変わっていく。なにせ、槙原の著書も'94年から17年後の2011年3月発売である。それだけ、あの決戦から長い時間が経ったのである。
「ケンちゃん! 判るだろ?」
桑田に話を戻そう。
2日前の5日ヤクルト戦で見せた8回1安打11奪三振の快投をねぎらうミスターの言葉に、桑田は小さく頷く。まだ右肘手術前、PL学園時代から数々の修羅場をくぐってきた全盛期バリバリの26歳は、もちろん中2日でも投げる覚悟だった。いったい明日はどんな場面で起用されるのだろう? その瞬間、長嶋の部屋の電話が鳴る。
「ハイハイ。ああ、ケンちゃん! 明日はやるよ。俺たちは絶対にやるから! ……ありがとう……うん、ありがとうね!」
例のハイトーンボイスが部屋中に響きわたり、桑田がそんな会話を聞くともなく聞いていると、受話器を置いたミスターが目を見開いてこう尋ねてきた。
「ケンちゃんだよ、ケンちゃん! 判るだろ?」
「ケンちゃん?」
当然、桑田は絶望する。誰やねんと。それでも「志村……けんさんですか?」なんつって言葉を絞り出す18番。すると長嶋は驚いたようにかぶりを振った。
「ケンちゃんって言ったら高倉の健ちゃんだろう!」
知らんがな! もしも自分が会社の社長に夜10時に呼び出されて、こんなケンちゃんトークに付き合わされたら転職を考えるかもしれない。肝心の起用法は「明日は国民的行事だから、痺れるところで行く」一辺倒のミスターワールド。それでも「痺れるとこっていうのはどこなんですか……」と粘る野球の求道者・桑田。