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「夢なのか、現実なのか……」
清原和博は甲子園決勝で何を見たか。
posted2018/08/22 12:00
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Hideki Sugiyama
金足農業、最後の打球がライトへ上がった。白球をつかんだ大阪桐蔭の選手たちが、グラウンドの真ん中に歓喜の輪をつくる。
その瞬間、清原氏は立ち上がり、何かに引き寄せられるかのように身を乗り出した。かつてのPL学園に代わって最強の称号を手にする大阪代表校、すべてを出し切った秋田の県立校、そして拍手に包まれる甲子園球場、スタンド最上部から、それらを食い入るようにじっと見つめていた。
清原氏はなぜ、甲子園へきたのか。何を求めてきたのか。
甲子園に行けたら何か変われるかも。
「甲子園に行きたいです。100回目の夏、甲子園に行けたら、何か変われるかもしれない。そう思うんです――」
清原氏から、最初にその言葉を聞いたのは去年の終わり頃だったと記憶している。
覚醒剤取締法違反で逮捕されてから2年が経とうとしていた。薬物依存症と、それに伴う鬱病はかつての英雄を別人にしていた。
朝起きて、布団から立ち上がることさえできない。太陽が上がり、ようやく身を起こすことができても、どこにも行けず、気付けば高層マンションのベランダから下を覗いている。
死ぬことばかり考える絶望の日々。その根源が薬物よりも、鬱よりも、もっと奥深くにあるということは自分自身でわかっていた。
「僕は野球をやめてから、いまだに目標が見つけられていないんです。それは逮捕される前から、ずっとそうなんです……」
そんな時、高校野球100回目の夏が巡ってくる。闇の中で一筋の光を探すように、清原氏はそれに縋った。人生で最も眩しい記憶を求めたのだ。
冬が終わり、春がきた。夏の足音が近づくにつれて、思いは募っていった。
「甲子園に……、やっぱり決勝戦に行きたいんです」
自らの社会的影響を考えれば、独りよがりの傲慢な思いだろう。ただ、清原氏には、もうそれしか縋るものがないようだった。