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柳田将洋が明かすプロ転身の理由。
「社員時代は先が見え過ぎていて」

posted2018/03/31 17:00

 
柳田将洋が明かすプロ転身の理由。「社員時代は先が見え過ぎていて」<Number Web> photograph by AFLO

柳田将洋はドイツ挑戦1年目を楽しそうに過ごしている。キャプテンを任された事もあり、一人称も「オレ」に変わったという。

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了戒美子

了戒美子Yoshiko Ryokai

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AFLO

 子供時代に出会ったスポーツや芸事で生活する。それがどれほど幸福なことか。

 もちろんいばらの道のような厳しさも、時には味わうだろう。だが、その道一本で勝負する潔さと、選ばれた人間にしか許されない孤高なさまは、はたから見ても魅力的だ。

 柳田将洋は、昨年4月プロ転向を表明、9月からはドイツブンデスリーガ・バレーボールのビゾンスビュールでプレーしている。

 両親も弟もバレーボーラーという環境に育ち、慶應大学を経てサントリーサンバーズ入り。代表の主軸として期待されるだけでなく、いち社会人としても安定した将来が約束されていたにもかかわらず、挑戦の決断を下した。

 現状では、野球やサッカー、その他のプロスポーツとは違い、日本ではバレーボールで生計を立てている選手はごく稀だ。「将来はプロ野球選手!」や「バルセロナでプレーしたい!」というような、少年少女の夢になりにくいスポーツだ。

 では柳田はどのように、プロであることとバレーボールを結びつけて自分の人生に組み込んでいったのだろうか。

 バレーボール少年だった頃、プロになるというイメージはなかったそうだ。

「当時はバレーボールそのものの情報を得にくいということもあって、将来のイメージはしづらかったです。バレーボールでご飯を食べていくことはできないと思っていましたし、もちろん、バレーボールでプロになるとは思っていませんでした。高校を卒業して、大学に入ってからその先のことを考えた時に、バレーボールをそもそも続けるべきなのかということすら考えていました」

――大学を卒業して普通に就職することも考えていたとか?

「バレーボールが終わった後の方が人生は長いし、トライするよりは自分が生活していけることが第一。バレーでの夢、目標はありましたけど生活を優先せざるを得ないと思っていました。今思えば、自分に入る情報の少なさがそうさせたのではないかと思います」

――確かに、トップレベルでプレーを続けるのは大変なことですね。

「会社にもよると思いますけど、社員になるとバレーボールをやめてから一般職に戻られる方がほとんどだと思います。そう考えた時に、バレーボールがいったいどれだけ人生のウェイトを占めているのかなと考えるようになりました。そういうところがやっぱり、バレーをいつかやめなければいけない、っていう気持ちにつながっていたと思います」

――中高時代はどんな将来像を描いていました?

「中学の時の次のステップは高校で、高校の時は大学でと考えていました。高校の時はさらにその先の進路が見え出した時なので、それで慶應を選んだというのもあります。」

――バレーボール以外の世界でも通用しやすい、ということですね?

「そうです。就職することも考えて、バレーボールで進学できて、学業と両立できるのが慶應大学というところだと思ったので。当時は代表の試合を目にすることは多かったですけど、Vリーグの試合は直接、足を運ばないと見れない印象でした。そして今よりSNSなどもなく手に入る情報も少なかったですし、ほとんどその時代、どの選手がVリーグでプレーしているか知りませんでした」

――ご両親、弟さんもバレー選手で、もちろんご自身も全国大会で優勝するような選手。そんな環境にいてもなお、そうなんですね?

「たしかにあれだけバレーボールに囲まれていたのに、そこに興味が向いていないのは、僕の立場からするとおかしいかもしれません。でも学生時代は、毎日毎日必死に練習をしていて、それ以外に興味が向いていなかったというのはあるかもしれないですね。

 バレー部の仲間とVリーグについて会話をした記憶もない。なので、僕は今プロになってますけど、バレーボールをどれだけ高めたらこういうことができる、こういうステージでプレーできるとか、若い子たちに見させてあげられたらいいなと。それがきっとその子たちの夢になると思うんです」

――見るスポーツとしては、どんなスポーツを見てました?

「小学生のときは自分がやるばっかりで、中学くらいからはバスケットボールを見はじめたりとか、野球、サッカーにも興味がわいてきましたけど、それはチャンネルをまわせば見られるから、ですね。なのでテレビで放映されるということはすごく大きいことだと思うんです。子供達にとって、インパクトもあると思います」

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