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「バレーボールが嫌いになることもあった」“春高の申し子”水町泰杜(24歳)の原点…背負った者だけが知る「鎮西の3番」の重圧とは?
posted2026/01/04 17:00
鎮西高校のエースとして春高バレーで活躍した水町泰杜(2020年1月撮影)。24歳となった現在はインドアとビーチの二刀流で活躍している
text by

田中夕子Yuko Tanaka
photograph by
AFLO SPORT
SVリーグとビーチバレーの二刀流を体現する――昨年11月、オールスターのファン投票で全選手の中で最多得票を獲得し、今やバレーボール界を代表する選手になった水町泰杜。そんな水町の名を広く知らしめた原点とも言うべき大会が、春高バレーだ。
「いい選手は春高で発掘されるし、そこからガッと行くきっかけにもなる。バレー選手にとっては、分岐点ですよね」
2018年、鍬田憲伸が主将を務める名門・鎮西高校の1年生エースとして脚光を浴びた。水町は「憲伸さんに引っ張ってもらった」と謙遜するが、攻守において全国制覇に貢献。181センチのアウトサイドヒッターは決して大柄ではないが、身体能力と抜群のバレーセンスでバレーボール選手ならば誰もが憧れるオレンジコートに3年間立ち続けた。
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いわば、“春高バレーの申し子”とも言える水町だが、実は順風満帆な高校生活を過ごしてきたわけではない。自ら「しんどかった」と振り返る最初の壁は、鎮西高で史上初の2年生主将に就任した時のことだった。
異例の2年生キャプテン
1974年から名門・鎮西を51年率いて強豪校に育て上げた畑野久雄 前監督が重きを置くのは、強い「個」を育てること。特にエースを育てることには定評があり、水町や鍬田だけでなく、日本代表で活躍する宮浦健人も鎮西でエースとしての土台を築き、世界へと羽ばたいた選手だ。畑野監督は「コートに立つ以上、学年は関係ない」と常に口にしてきたが、主将となれば話は別。代々の3年生が務めた主将を2年の水町が務める。畑野監督は主将の重責を担える資質と能力、人間性を見抜いていた。
だが、水町にとってその重圧は予想以上に大きなものだった。

