フランス・フットボール通信BACK NUMBER
スキャンダルで地に落ちた元“皇帝”。
F・ベッケンバウアーの悲惨な現在。
text by
アレクシス・メヌーゲAlexis Menuge
photograph byAlex Martin/L'Equiope
posted2018/02/27 07:30
世界的な名声を誇ったカイザーの伝説も、今や地に落ちた。ドイツ国内での人気はまったく消えてしまったという。
選手時代の冷静沈着さはどこへ?
豪華な鯉料理(ビール煮)を前に、隣に座ったハイディ夫人が幾度となくベッケンバウアーの頬を撫でて、いたわるような仕草を見せる。何度も夫人に触れられて、ベッケンバウアーも微笑みを浮かべる。だが、それでも彼は、心ここにあらずといった風情であった。
そのとき、ベッケンバウアーのトレードマークであり、彼に2度の世界チャンピオン――キャプテンとして1974年、監督として1990年にワールドカップ優勝――をもたらし、ここ数十年のドイツで最も名高い人物たらしめた、あの冷静沈着さは、いったいどこを彷徨っていたのだろうか?
食事の後彼は、ベレー帽をかぶり背中を丸めながらゆっくりとした足取りで車に乗り込んだ。その姿は衝撃的だった。72歳のベッケンバウアーは、健康を害しているように見受けられたからだった。
すべての公的な仕事から手を引いた理由。
2016年5月、彼は突然すべての公的活動からの引退を決意した。
25年続けた有料放送スカイ・ドイッチェラントの解説をすでに辞めており、40年続けた『ビルト』紙の連載も終えて、人生の残りの時間を家族とともに過ごすことを選んだのだった。
それはまた自分自身のために暮らすことでもあり、次第に不安が募る健康を気遣ってのことでもあった。およそ2カ月前に2度目の心臓手術を受けていた。彼を良く知る者たちによれば、健康の問題は2006年ワールドカップ招致を巡る騒動と深く結びついている。
スキャンダルが彼の気持ちをかき乱し、幾度となく眠れぬ夜を過ごしているのだという。
スイス連邦検察局が調査を担当したこの負の歴史的事件は、今年6月に判決が下される予定である。問題となっているのは、アディダス元社長のロベール・ルイドレフュスが活動資金を提供した秘密口座の存在である。個人的な貸与額は1030万スイスフラン(約670万ユーロ=約9億円)に達し、架空取引の形をとって支払われている。