#1070

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[現地インタビュー]石川祐希「現状維持じゃ、面白くない」

2023/03/31
バレーボール世界最高峰プロリーグで活躍する日本のエースは、イタリアでも先導者としての重責を担い、存在感を放っている。プロ5年目。進化し続ける27歳が求める次のステージとは。(初出:Number1070号[現地インタビュー]石川祐希「現状維持じゃ、面白くない」)

 赤、白、緑。イタリア国旗に見立てたファイナルラウンドの特別に演出されたコート。独特の緊張感と高揚感が漂う中、チーム名に続き、選手名がコールされる。

「ナンバー14、ユーキイシカワ!」

 2月25日、コッパイタリアのセミファイナル。ミラノ対トレント。ホームの地、ミラノからは476km離れたローマで沸き起こった大声援は石川祐希の心を燃やした。

「ローマには(セリエA1男子の)クラブはないので、試合をすることは滅多にありません。でもそこにあれだけのお客さんが入って、(入場時に)僕の名前が呼ばれた時にミラノの中で一番盛り上がったように感じました。そういう歓声を聞くと、ちょっと認められているのかな、と思うし、嬉しいですよね」

 これが日本や、フィリピン、タイなど日本びいきの女性ファンが詰めかけるアジア圏ならばその人気も納得できる。だが1万人以上が詰めかけたパラッツォデッロスポルトローマで、野太い声やブーイングが鳴り響く中、イタリア人ではなく、五輪のメダリストでもない石川に大きな歓声が送られた理由――。

 コートで見せたパフォーマンスが、すべてを物語っていた。

 相手のサーブで狙われても難なく返し、すぐさま攻撃準備に入る。打つ場所、助走の位置、相手のブロックとレシーブを見ながら瞬時に判断し、時にスピード、高さ、絶妙なテクニックで魅せる。序盤からトスが集まる中、上げれば決める、と言わんばかりの攻撃力を見せ、24対24からデュースへ。30点を超えた攻防に決着をつけたのも石川だ。長いラリーが続く中、2枚ブロックをものともせず、豪快にバックアタックを放ち、決める。 

 35対33で第1セットを制すると、石川は右手を握りしめ、突き上げ、身体全体で喜びを表現した。勝利を近づける1本を、俺が決めて見せたぞ、とばかりに。

「自分しか決まらない状況が続いて、苦しくもありました。相手も僕に対して警戒してくる中で、耐えないといけない。自分のプレーを見せることが評価になるし、チームを勝たせることにもつながる。今までと比べても、チームを引っ張っている自信もありました」

 おそらく初めてミラノを見た人も思うはずだ。中心はイシカワだ、と。

 そしてその直感は、決して間違いでないという確信を抱かせる。皮肉にも、その後生じたアクシデントが、これ以上ない形で、石川の存在感を際立たせた。

 1、2セットを連取したミラノに対し、第3セットはトレントがリードする展開で迎えた終盤、17対22の場面だった。

 左内腿に違和感を覚え、石川が一度、コートを出る。第4セットにはテーピングをして再びコートへ戻るも、1本スパイクを決めた後、左だけでなく右脚も気にする素振りを見せながら、コートを去った。

「ここ数試合、ふくらはぎが攣(つ)ることはあったんです。でも内腿は初めて。攣ったのか、最悪肉離れか。その時は状態もわからなかったのと、左脚をかばっていた分、今度は右太腿が攣った。これは無理だ、と判断しました」

ミラノで3シーズン目を送る石川。チームはレギュラーシーズンを8位で終え、プレーオフに進出した Takahisa Hirano
ミラノで3シーズン目を送る石川。チームはレギュラーシーズンを8位で終え、プレーオフに進出した Takahisa Hirano

 ボールをつなげ、得点を決める、獅子奮迅の働き。当たり前のように攻守両面でチームの柱、軸となる活躍を見せてきたが、走り、跳び、止まる、瞬発的にだけでなく、動き続けることで身体にかかる負担は底知れず、見えないダメージは蓄積していた。

 日頃から世界最高峰のイタリアで戦うために必要なことに、石川はストイックに取り組む選手だ。2m級の選手と並んでも見劣りしない身体、技を磨くべく、ボール練習だけでなくトレーニングにも注力する。食事も栄養士の指導を仰ぎ、「これが食べたい」という欲ではなく、「この栄養素が必要だから」と連日同じメニューを食べ続けることも厭わない。

 逞しさを増した身体とプレーはその結晶でもあるのだが、イタリアでのカップ戦、しかもファイナルをかけた大一番となれば次元が違う。かかるプレッシャー、運動量も普段より遥かに上回る中、あれだけ動き回っていたのだから、身体が悲鳴を上げても当然だ、と誰しも思う。石川がコートを去る際、会場から沸き起こった拍手も、まさにその象徴だ。

 ただ1人、石川自身を除いて。

 石川を欠いたミラノは、前半とはまるで別のチームのように、決め手を欠き、連係が乱れ、よもやの逆転負けを喫した。

「最後までコートにいなかったので。プロとして反省すべきだし、失格だと思います」

 いる時はもちろん、いないからこそ際立つ存在感。イタリアで8シーズン目、ミラノで3シーズン目を迎えた男は、日本代表の主将でエースであるのみならず、世界最高峰のイタリアでもチームの絶対的な支柱として、ど真ん中で戦っていた。

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photograph by Takahisa Hirano

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