早大の大先輩であり、第1次政権のはじまりと時を同じくして縦じまに袖を通した彼にとって、岡田は誰よりも特別な存在だ。評論家という立場でこそ見えてきた、師匠の戦いを振り返る。(原題:[愛弟子の分析]鳥谷敬「決断も苦言も、愛ゆえに」)
鳥谷敬は唐突に手帳をめくり始めた。
野球評論家としての活動はもちろん、講演会やテレビ収録などでも多忙を極める身。びっしり書き込まれたスケジュールを隅から隅まで丁寧に見直した末、ようやく答えにたどり着いた。
「そう、9月15日の甲子園です。この日、監督と喋っている最中に感じたんです。『あっ、もう辞めるんだな』って」
あの頃、阪神は首位巨人を猛追していた。球団史上初のリーグ2連覇へ、宿敵に2ゲーム差まで迫って迎えた9月15日。鳥谷はテレビ解説、新聞評論の取材も兼ねて、ナイターのヤクルト戦が始まる直前の全体練習に足を運んだ。真っ先に打撃ケージ近くにいた岡田彰布監督のもとに走り、いつになく穏やかな語り口に違和感を覚えた。
「おう、今日は青木、来るんか? 青木は今、遠征とか行ってんのか?」
指揮官は開口一番、対戦相手となる一選手の動向を気にかけたのだ。
2日前の9月13日、希代のヒットメーカーとしても名高いヤクルト青木宣親が現役引退を表明していた。
3人はいずれも早大出身。青木と鳥谷は同期で、岡田の24年後輩にあたる。話題自体に引っかかるポイントはないはずなのに、洞察力に秀でた愛弟子はすぐさま異変を感じ取った。そして、こちらも早大出身の先輩にあたる水口栄二打撃コーチに慌てて尋ねた。
「岡田さん、辞めるんですか?」
それは阪神監督人事にまつわる騒乱が本格的に勃発する約2週間前、秋晴れの天候と同様にストーブリーグもまだ“無風”のフリをしていた甲子園での記憶だ。
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photograph by Kiichi Matsumoto