博多の人・王貞治BACK NUMBER
「走るとなんかぜいぜいするな」日本シリーズでホールド王の体に“異変”…王ダイエー歓喜の裏で悲劇の予兆「僕らも、プロって体が強いもんかな、と…」
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喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byKoji Asakura
posted2026/08/31 11:00
1999年日本シリーズ第5戦、日本一に王手をかけたホークス・王監督は、早い回から「勝利の方程式」の一角、藤井将雄を投入するが……
入団当時の城島は、まだまだ社会経験も乏しい18歳。給与振り込みの「銀行口座」を伝えるよう球団から要請されたのだが、一体、何をどうすればいいのか、全く分からない。
こんな時に決まって城島が相談するのは、“博多の兄貴”だった。
「ジョー、カードは持っているのか?」
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藤井が聞いたのは、ATMでお金を引き出す銀行カードのことだ。すでに持っているのなら、その口座を給与の振り込み用にすればいい。
「あー、カード、ありますよ」
そう言いながら、城島が藤井に差し出すと「お前、これ、ポイントカードや」。
藤井は城島を連れて最寄りの銀行へ行き、口座開設の手続きを一から教えてくれたという。
「そんなのを全部やってくれた兄貴分が、あの99年、藤井、篠原、ペドラザ、吉田、リリーフで勝ったようなチームの中で、ホールド王ですよ。馬車馬のように藤井さんは投げていて、それで日本シリーズですよ。最後も投げたけど、ちょっと打たれたんです」
いらんこと言わんかったらよかった
打たれたから、というわけではない。それでも城島には、いつになく、藤井に疲労の色が濃くにじみ出ているような気がしたという。
「藤井さん、たばこ吸い過ぎなんじゃない? 病院に行って、早く検査した方がいいよ」
マウンド上で藤井にかけた軽口も、これまでの奮闘への労いのつもりだった。
当然のことだが、その時にはすでに、藤井が“不治の病”に侵されていることなど、藤井本人ですら知らない。いわんや、城島が知る由もない。
「いらんこと、言わんかったらよかったなと思いました」
そんな後悔の念が、城島の心から今も離れない。
「普段も『走ったらなんかぜいぜいする』とか『動悸と息切れがすごいけん、たばこは止めようかな?』とか言っていたんですよ。それ、僕も知っていたから、あそこで『早く検査に行った方がいいよ、藤井さん』って。でも実際、その後にホントに検査に行ったら、病気が見つかったっていうから……。
プロ野球選手って、なんか体が強くてスタミナもあると、世の中の人も感じているじゃないですか。僕らも実際、そう思っていましたよ。あの時から、まさか1年もしないうちに、藤井さんがいなくなるなんて……。想像もしませんでした」
藤井にとっては、この日本シリーズ第5戦が、人生最後の“1軍マウンド”になる。
〈つづく〉

