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「ニシ、19勝じゃダメだ。20勝すれば世界が変わる」西本聖を甦らせた江川卓の言葉の真意とは?「俺はやったぞ、お前はできるのか、と…」
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元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph byKazuhito Yamada
posted2026/08/01 11:02
江川よりも長く現役を続けた西本だが、次第に勝てなくなっていく。小林同様に移籍することになった西本を復活させたのは江川のある言葉だった
1980年以降、江川が8年連続の二けた勝利(16勝、20勝、19勝、16勝、15勝、11勝、16勝、13勝、計126勝)を挙げれば、西本も8年間で102勝をマークした。江川が最多勝2回、最優秀防御率1回のタイトルを獲得。西本は沢村賞(1981年)を受賞し、7年連続でゴールデングラブ賞に選ばれた。
「僕はずっと江川さんをライバルだと思ってやってきました。でも、シーズンの勝利数で上回ることは一度もなかった。
僕にとって、江川卓の存在は大きかったですね。江川さんは32歳で引退したんですけど、そのすごさを実感したのはユニフォームを脱いでからです」
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プロ野球で9年間プレーした江川の通算勝利数は135だった。
「長く現役を続ければ通算の勝ち星で上回ることはできます。でも、シーズンの勝ち星で江川さんに勝ちたかったという思いは今でもあります」
だからこそ、江川のあの言葉で西本は一層発奮したのだろう。
「江川さんの言葉を意識したのは中日に移籍した時ですね。『ニシ、19勝じゃだめだ。20勝すれば世界が変わるぞ』という言葉の意味が、それまではよくわからなかった。でも、自分が20勝した時に、『江川さんが言っていたのはこういうことだったんだ』と思いました」
たった1勝だが、ただの1勝ではない。
「まわりの人が認めるかどうか。19勝と20勝とでは、それが全然違いましたね」
おまえは20勝できるか、という激励
先に引退した江川がその言葉を送ったのは、ベテランになりつつある西本に刺激を与えるためでもあり、切磋琢磨してきたライバルへの激励の意味も込められていたのだろう。
「きっとそうでしょうね。『20勝できるなら、やってみろよ。俺はやったけど、おまえにできるか』ということだったのかもしれない。その言葉を僕は『頑張れよ』という意味で受け取りました」
小林が引退したのが1983年。江川がユニフォームを脱いだのは1987年。小林の通算勝利数は139、江川は135だった。
「あの江川卓を超えることはできなかった」
38歳まで現役を続け、165勝をマークした西本は今でもそう思っている。
〈つづく〉


