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「ニシ、19勝じゃダメだ。20勝すれば世界が変わる」西本聖を甦らせた江川卓の言葉の真意とは?「俺はやったぞ、お前はできるのか、と…」
posted2026/08/01 11:02
江川よりも長く現役を続けた西本だが、次第に勝てなくなっていく。小林同様に移籍することになった西本を復活させたのは江川のある言葉だった
text by

元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph by
Kazuhito Yamada
「江川トレード事件」、「西武ライオンズ誕生」、「箕島高春夏連覇」、「江夏の21球」……このすべてが起きたのが1979年である。今にして思えば、日本野球界の新たな勢力図の兆し、そしてスポーツ文化の変容の萌芽がこの年に見えていたとも言える。1980年『Number』創刊の前年、日本野球界の地殻変動を関係者への取材で振り返る大型連載! 江川の入団で生まれた永遠のライバル関係。その真実を当事者が語る!〈連載第7回「江川トレード編」/つづきを読む〉
巨人で西本聖にとってよき兄貴分だった小林繁は、阪神タイガースに移籍して以降、ライバル球団のエースになった。グラウンドで会っても軽く会釈する程度で、話をする機会はなかった。
この1979(昭和54)年シーズン、開幕から飛ばしに飛ばした小林のことを西本はどう見ていたのか。
「もともとフォームのバランスがとれていて、コントロールのいいピッチャーでした。頭のいい方で、バッターとの駆け引きにも長けていたという印象があります。体は細かったけど、スピードもあるし、いろいろな意味で『できる方』でした。なにより、気持ちが強かったですね」
小林の「見返してやる」という気迫
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敵意むき出しで巨人打線に挑む小林には鬼気迫るものがあった。この年、西本は2度、先発投手として対峙している。
「巨人から出されたことに対する意地みたいなものがあったんでしょうね。マウンドでそれを前面に出して、巨人打線に向かってきました。とにかく、気迫がすごかった」
移籍後の小林は何が変わったのか。
「『絶対に巨人を見返してやる!』という気持ちの部分。技術的には、コントロールがよくなったような気がしました。どれだけ力のあるボールを投げても甘いコースなら打たれますから」
もうひとつ、重要な要素を西本は付け加えた。
「自分のチーム、チームメイトに対して『俺の実力を見てみろ』というところはあったと思います。あれだけ騒がれて入団したのだから当然でしょうね」

