博多の人・王貞治BACK NUMBER
「ダイエーは経営が苦しくなっていたのに…」王貞治ホークス“雌伏の4年間”にまかれていた種とは「僕を、見捨てなかったということだよね」
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byKazuaki Nishiyama
posted2026/07/10 11:10
生卵事件の屈辱を受けるなど、雌伏のときを過ごした4年間。しかし徐々に王の勝利への意識が新たな選手たちに浸透していった
プロは勝つことがすべて
「2位も3位もAクラスも、全然プロじゃないんだよ。勝つしかないんだ。やっぱりプロっていうのは、勝つこと。それがすべてですよ。負ければ、勝てるチームを目指せばいいんです。じゃないと“本当のもの”というのが出せない。勝とうと思わない限りはね。
少しずつ率がよくなってくると、選手たちもそこに感じるものが出てくるわけですよ。そうすると、負けることが悔しくなるし、勝つことが嬉しくなる。それまでは『あー、終わった、終わった』という感じで、シーズンも何位だろうが、1年が終わってオフになっちゃうわけじゃない。そういう風な時だと、オフだってそんなに熱を入れて練習するわけじゃないんだから。
それでも、選手を獲ってくれたりして、チームの競争もだんだん激しくなってくる。そこに何かを気付いて、危機感を持ったりする選手たちは残っていくけど、そうじゃない選手たちは自然と消えていっちゃうんですよ。自分で目覚めない人は、もうどうしようもないよね。
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だんだん、少しずつ、少しずつですよ。一気にはできない。だって20年続けてBクラスなんだから、そこで『お前ら、真面目にやれ』って言ったって、言うだけじゃ無理ですよ。勝った時に嬉しいという思いが、だんだん強くなってくる。負けた時に何とも感じなかったのが、ちょっと悔しくなってくる。そういう風なことなんだよね」
そして結実の年へ
1999年、5年契約のラストイヤー。
5位、6位、4位、3位。
その“雌伏の4年間”があったから、飛躍の5年目を迎えたのだろうと書くのは、答えが分かっているからこその、後付けの歴史になるのだろうか。
勝つために、必要な4年間でしたか?
そう王に問うと「あんなには必要じゃなかったはずなんだけどね」と温和な笑みを浮かべながら、こう続けた。
「だけど、僕からしたら、自分はとにかく、もっと、もっと、もっと、という思いがあったんだけど、よくその間、ダイエーが僕を……何て言うのかな、見捨てなかった、ということだと思うよね」
勝つんだ、という王の執念。その不屈の姿勢を中内が最後まで信じ続けたことで、根本が描いていた青写真通りに、王ダイエーがいよいよ“結実の瞬間”を迎えることになる。
〈つづく/次回掲載をお楽しみに〉

