博多の人・王貞治BACK NUMBER

「ダイエーは経営が苦しくなっていたのに…」王貞治ホークス“雌伏の4年間”にまかれていた種とは「僕を、見捨てなかったということだよね」 

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喜瀬雅則

喜瀬雅則Masanori Kise

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photograph byKazuaki Nishiyama

posted2026/07/10 11:10

「ダイエーは経営が苦しくなっていたのに…」王貞治ホークス“雌伏の4年間”にまかれていた種とは「僕を、見捨てなかったということだよね」<Number Web> photograph by Kazuaki Nishiyama

生卵事件の屈辱を受けるなど、雌伏のときを過ごした4年間。しかし徐々に王の勝利への意識が新たな選手たちに浸透していった

 こうして血の入れ替えを進めていくことで、1年目、2年目はいずれも「54」に終わっていたチームの勝利数は、前年より5試合増の135試合制となった3年目の1997年には「63」に伸びる。それは、チームとしての明らかな“成長の跡”でもある。その年の10月3日、西武との一戦は延長10回、4番・鈴木健にサヨナラ本塁打を浴び、目の前で西武に優勝を決められている。

 悔し涙にくれる城島に、王はこう諭した。

「あの胴上げを、よく見ておくんだ」

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 翌4年目の1998年は67勝67敗1分けで、王ダイエーとして初めての勝率5割、南海時代から続いていた連続Bクラスのシーズンを「20年」でストップさせた。ただ、最後の5試合で5連勝すれば「優勝」というところにまでこぎつけながら、そこから5連敗を喫している。「優勝の目がなくなった。それが、どこで消えたか知らないんですよ」という城島の記憶は、その時に貫かれていた王の“不変の姿勢”と紐づけられているという。

最後まで優勝を目指すんだ

「あの当時って、Aクラスに入ったら、次の年の開幕権が取れたんです。結果的に5連敗して、優勝の目がなくなる。負け、負け、それでもまだ3位がある、ってなった時に『ホームの開幕権取るぞ、そのために3位になるぞ』とか、王監督は一回も言わなかった。優勝以外は、口にしなかったんです。

 逆に、今日勝ったって、6位が5位にしか変わらないのに『今日、見に来てくれているファンのために勝つぞ』『プロ野球なんだから、自分の打率を1厘でも上げなさい、防御率を少しでも下げなさい』って。それは、野球人の先輩としてのメッセージですよね。これを毎試合言うんです。でも、勝って4位から3位になるぞ、とは絶対に言わなかったんです。そうやってブレなかったところが、すごいなと思いましたね」

 勝つんだ。俺たちはあくまで、最後まで「優勝」を目指して戦うんだ——。

 優勝の「ゆ」の字もなかったチームに、王の言葉が響くようになってきたのだ。

「少しずつ、選手たちも俺が毎日のようにうるさく『勝つんだ』って言ってやっていたから、選手も少しずつ、馬の耳に念仏じゃないけど、なんだかんだ、ごちゃごちゃ言っているうちに、少しずつ、少しずつ、そういう気持ちになっていってくれたんじゃないかな?」

 そう振り返った王にも、選手たちの“意識の変化”を、次第に感じることができるようになってきたという、その手応えが出てきたのだ。

【次ページ】 プロは勝つことがすべて

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