博多の人・王貞治BACK NUMBER
「優勝? えっ? みたいな雰囲気で」王貞治ホークス苦難の船出…響く怒声「君たちは、負けて悔しくないのか!」それでも王は“優勝”と言い続けた
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byNaoya Sanuki
posted2026/06/25 11:05
ついにスタートした王ホークス。しかし万年Bクラスのチームの雰囲気は、王といえども簡単には変えられなかった
「ジャイアンツのときは、勝つのが当たり前でやっていたんだ。ところが、こっちへ来てみたら『勝つ』っていうのがないんだからさ。そりゃ、球際だって、勝とうと思っているチームと思っていないチームの差っていうのかな。0.5ゲーム差だろうが何だろうが、差は差なんだ。だから、やっぱりよく言うように、1位はみんな覚えてくれているけど、2位は覚えていない。そういうのと同じなんだ。そこのところを超えるんだ、という思いを強く持たなかったら、超えられないんだよ」
王が来るまで、南海時代の1978年から17年連続Bクラス、最下位7度。その弱いチームのメンタリティーは、そうそう簡単には切り替わらない。
王2年目、1996年のシーズンを前に、根本も再び、大型トレードを仕掛けた。1994年にリーグ最多の62試合に登板、11勝4セーブを挙げるなどそのタフネスぶりで重宝された左腕・下柳剛と捕手の安田秀之を交換要員として、日本ハムから1990年、1993年に10勝を挙げた右腕・武田一浩と左腕・松田慎司の2投手を獲得。武田は工藤公康とともに先発投手陣の軸となり、移籍1年目の1996年には15勝を挙げている。
ADVERTISEMENT
それでも、チームは動かない。
開幕直後、4月24日から5月1日まで6連敗を喫するなど、5月7日までの開幕30試合で9勝21敗と最下位に低迷する。
強くならないじゃないか!
王が監督になっても、強くならないじゃないか。
不満を募らせた鷹ファンたちが、王をはじめ、ホークスの選手たちが乗り込んだバスに生卵を投げつけるという、前代未聞の“暴動”を起こすのは、1996年5月9日、大阪・日生球場での試合後のことだった。
あの“屈辱の夜”を、王は一体、どう捉えていたのだろうか。
「卵を投げさせている自分たちが悪い、っていうことなんだよ」——。
〈つづく/次回掲載をお楽しみに〉

