博多の人・王貞治BACK NUMBER
「優勝? えっ? みたいな雰囲気で」王貞治ホークス苦難の船出…響く怒声「君たちは、負けて悔しくないのか!」それでも王は“優勝”と言い続けた
posted2026/06/25 11:05
ついにスタートした王ホークス。しかし万年Bクラスのチームの雰囲気は、王といえども簡単には変えられなかった
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph by
Naoya Sanuki
1995年シーズン、福岡ダイエーホークスの監督に就任して30年以上。王貞治の博多での野球人生は、もはやジャイアンツでのそれよりも長くなった。今や常勝軍団となったホークスだが、ここに至る道のりは決して平坦ではなかった。いよいよ王体制がスタート。王は勝者のメンタリティーを注入するも、負け慣れたチームの雰囲気はなかなか変わらず、ダイエーは低迷を続ける——。〈連載「博多の人・王貞治」第6回〉
王ダイエー1年目、初の春季キャンプは豪州で行われた。
当時の小久保裕紀は2年目、城島健司は高卒ルーキーだ。その初日となるミーティングを、2人は異口同音に、鮮烈な思い出とともに語ってくれた。
俺は、勝ちたいんだ。君たちに、優勝の味を味わわせてやりたいんだ——。
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「あんな万年Bクラスのチームの我々に対して、本気で『優勝の味を味わわせてやりたいんだ』っていう思いを持ち続けられる人って、そんなにいらっしゃらないと思うんです。オーストラリアのキャンプから、そういう話をされていましたからね」
「優勝」以外は口にしなかった
小久保がそう振り返ると、城島も「小久保さんも言ってたでしょ?」と同調した。
「一番覚えてるのが『優勝というものが、どんなにいいものなのか、君たちに味わわせたい』って言ったことなんです。あの人は、ホントに僕らの前では『Aクラス』っていう言葉を使わなかった。1年目、2年目、3年目、優勝の『ゆ』の字もないBクラス。
4年目(1988年)の残り5試合勝てば、相手次第で優勝、みたいなのはあったんです。結果的には5連敗するんですけど、どこで優勝の目が消えたか知らないんですけど、負け、負け、そこでまだ3位はあるってなったときに、その当時はAクラスだと翌年、ホームの開幕権が取れたんです。じゃあ、それを取るために3位になるぞ、とか、一言も言わなかった。『優勝』以外は口にしなかったんです。ブレなかった。最後までブレなかったですね」
王に、その真意を聞いた。

