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板東英二79歳が言った「野球は、嫌いですわ」その本当の意味…取材には警戒心「またおちょくられるんか、と」タレント活動で上書きした“野球人の顔”
posted2026/08/09 17:00
2011年、日韓ドリームゲームで中日のユニフォームを着て登板した板東英二さん。心の底には常に「野球」があった
text by

松永多佳倫Takarin Matsunaga
photograph by
Sankei Shimbun
◆◆◆
2020年2月下旬、大阪ミナミの繁華街から少し離れた瀟洒なマンションの一室で取材は行なわれた。
「プロ野球選手になりたいなんて思ったことありません。野球嫌いですもん」
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ブスッとした表情でのっけからカマす。
ショボショボのつぶらな瞳の奥から、真剣とも冗談ともつかない鋭い眼光が射す。
「記録を残して凄いとか言いますけど、人生というものは自分自身でどう納得していたかが大事でしょ。そういう面からすると天性のもので決まってしまう野球は難しいです。ロバはどこまでいってもロバですから」
79歳の板東英二は少しうつむき加減でゆっくりと静かに話した。テレビで繰り返し目にしていた、あの「板東英二」とは別人のようにも思えた。
張りつめた空気「目に見えないバリアが…」
取材の1カ月ほど前に放送されたバラエティ番組で板東が激怒していたことは頭に入っていた。なにが板東の逆鱗に触れたのか、細かな経緯まではわからない。ひょっとしたら、会うことすら困難なのではないか――そんな危惧を抱いていたものの、当時の板東のマネージャーと懇意にしている人からの口添えで、なんとか取材にこぎつけたのを覚えている。
純粋に野球のことだけを聞こうと胸に秘めて取材に臨んだ。しかし、実際に対面するや否や空気がピリッと張りつめた。率直な第一印象は「こわっ」だ。プロ野球で残した記録について話を振っても、板東はにんまりともしない。
その後も紳士的に接してくれてはいるものの、あからさまに警戒心を抱き、目に見えないバリアを張っているのがわかった。タレントとしてのイメージとはまったく違う。バラエティ番組の件があったとはいえ、これが板東の本当の姿なのだろうか、と思った。
板東が1958年の夏の甲子園で徳島商業のエースとして83奪三振の大会記録を樹立した英雄伝は、半世紀以上も前のことでありながら多くの人が知っている。本人がテレビ、ラジオで繰り返しネタとして話しているからだろう。自虐を主とした長嶋茂雄や王貞治とのプロ野球での対戦についても同様だ。一方で、中日時代の活躍や具体的な成績について板東が話している印象はほとんどない。

