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甲子園の風BACK NUMBER
1年前の甲子園“最も愛された高校”…あの大社高校は今?「苦しかった」「甲子園のホテル泊まりたかったな」大社効果で観客増…1点差で敗れるまで
text by

井上幸太Kota Inoue
photograph byKota Inoue
posted2025/08/07 06:01
昨夏の甲子園直後、大社の校舎外観を撮影
「今年も甲子園のホテル泊まりたかったな」
指揮官の掲げる「1点にこだわる野球」を選手が理解し、攻守両面で場面場面の最適解を選択し続けた戦術面。報徳学園との初戦と、吹奏楽部の大会が重なったことで、卒業生有志の演奏部隊が駆け付けたのだが、「限られた練習時間で吹ける曲目を演奏してもらった」(石飛文太監督)ため、島根大会では演奏されなかった『サウスポー』がチャンステーマとなり、結果的に球場全体を巻き込む“魔曲”へと変貌した偶然性。意図したものとそうでないものとが、高次元で絡み合って生まれた傑作だったように思う。
そう、あまりにも劇的だったのだ。だから、昨夏のドラマ性に魅せられた人々の熱は簡単に引かなかったし、“旋風の続き”を期待してやまなかった。
熱狂は大きな推進力であると同時に、グラウンドに立つ選手たちの枷にもなりかねない。もう馬庭はいない。石原もいなければ、藤江もいない。それでも向けられる期待のまなざしは、想像以上に重かったことだろう。
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球場を引き上げる直前、ベンチ入り選手の一人がこぼした。
「あー。今年も(大会期間に宿泊する)甲子園のホテル泊まりたかったな……」
叫びというには小さく、独り言というには大きな声量で発せられた、高校生らしい等身大の本音を耳にしたとき、昨夏から吹き続けた旋風に一区切り付いた気がした。
石飛監督は何を語った?
選手たちの声を聞いた後、石飛を訪ねた。「満足していたら、もう一度“32年”が来てもおかしくない。ベスト8に行けた直後の今年だからこそ、なにがなんでも甲子園に行かないといけない」と、並々ならぬ思いで連覇を期した男が発したのは、労いの言葉だった。
「よく成長してくれたと思います。秋から春、そして春から夏と。夏は強豪との対戦ばかりでしたけど、紙一重の勝負に2つ勝って、最後は紙一重でやられた。でも、本当によく成長したなと」
“勝負の世代”が1学年上で、レギュラーはほぼ総入れ替え。その状況にあって、安松ら3年生はもちろんのこと、下級生たちも各々の個性を磨き、「大社の野球」の練度を高めた。石飛が「よく成長した」と二度繰り返したのは、先の見えづらいところから、連覇を視界に捉えるまでに飛躍した、1年間を通しての右肩上がりの成長への掛け値なしの賛辞だろう。

