甲子園の風BACK NUMBER
「オール徳島→部員7割が県外出身」甲子園3度優勝の名門公立校が激変、池田高は今…取材中に「それは、ないです」現監督がキッパリ否定した“ある質問”
text by

田中仰Aogu Tanaka
photograph byNumberWeb
posted2025/08/03 11:00
池田高校(徳島)のグラウンドで練習する野球部員たち。今年7月に撮影
「最初はホームシックでした。実家で飼っていた猫に会えないのが寂しくて……。でも、今は慣れました。楽しいです!」
まるでホテル…寮に潜入
今年1月、全部屋個室の「三好池田寮」が新設された。自習スペースに大浴場、シャワールームまで完備されている。寮費は食費、電気代など含めて月額5万6000円(2025年7月現在)。70人の定員はすでに満員だ。
洗濯機と乾燥機も2、3人に一つずつ割り当てられている。寮を案内してくれた前田理貴(3年生)がちょっとしたこだわりを明かす。
ADVERTISEMENT
「みんなそれぞれ使っている柔軟剤が違うので、別々に洗ってます。一緒に洗うのはよっぽど時間がないときくらいですね」
前田の出身は徳島県北西部の美馬市だ。電車で片道1時間以上かかるため、寮生活を選んだ。県外生徒だけでなく県内の遠方出身者も寮に入れる。
監督がキッパリ否定…ある質問
練習の準備中、何人かの部員がグラウンドに水を撒こうとしていた。ホースがねじれているのか、なかなか水が出ず、手間取っている。そうこうしていると、ホースから突然水が飛び出し、ひとりの部員がびしょ濡れになった。「やっば!」「最悪や!」。楽しげな悲鳴が聞こえた。
思えばグラウンドに着いたときからそうだった。挨拶も自然体で、強豪校にありがちな過度な緊張感はない。県外出身者が増えたといえ部員不足に悩んでいるわけでもない。少子化と野球人口減少が進行する令和の今、ありそうでない、失われた野球部の姿に見える。井上がいかにも微笑ましげに言った。
「手前味噌ですけど、本当にいい学校なんですよ。すれてなくて、挨拶できて。みんな、大学で都会に行くと“デビュー”しちゃうんですけどね」
ふと思った。勝ち続けるようなチームでなくなって、よかったのではないか。40年前と違い、公立校が甲子園で勝つことは極めて難しくなった。高校野球は集まる選手のレベルに左右される部分が多分にある。それなのに、過去の栄光ゆえ、子どもたちが宿命を背負うのは酷にも思えた。高校3年間、野球に打ち込んで成功も失敗も経験できれば、それで十分ではないか。そんな感想を伝えると、それまで穏やかだった井上の語気が強まった。
「それは、ないです。どの代も本気です。池田である以上、毎年てっぺん狙ってます」
はじめて井上が感情的になったように見えた。白旗を上げることは許されない、そんな胸中が覗けた。毀誉褒貶ありながら常勝チームをつくり上げた蔦文也の池田。その面影に井上が囚われているようにも映った。「いちどすみません。ノック打ってきますね」。
この日、ひとりの選手が頻繁に叱られていた。ショートを守る宮本敦史(2年生)だ。ノックで精彩を欠き、エラーするたびにグラウンドを走らされていた。きちんと数えていたわけではないが、10周近く走ったのではないか。
「おかしいよ。背番号もらってるのに。おかしい」
井上は何度も声を荒げた。背番号をもらえなかった3年生がいる。だからとりわけ厳しくしたのだと、練習後に教えてくれた。
そして、夏の徳島大会初戦を迎える。
〈つづく〉




