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プロ野球PRESSBACK NUMBER
「笑って投げなさい」日本ハム・田中正義が新庄剛志監督に言われた“驚きのフレーズ”「このチャンスを逃したら、野球人生が終わる」
text by

酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph bySANKEI SHIMBUN
posted2025/07/01 17:00
新庄剛志監督から「笑って投げなさい」と言われ、笑顔を意識するようになったという日本ハムの田中正義投手
実績がなく、結果も出ていない投手は通常、リードされた展開などで登板し、結果を出すにつれて勝ち試合に投げるチャンスを与えられる。だが、田中の起用法はまるでちがう。崖の下に落とされた獅子の子のように、谷底でもがく田中にあえて最初から厳しいポジションを託したのだ。実戦で田中の球筋が打者を差し込む光景も判断材料になった。
23年3月30日はファイターズの歴史に残る特別な一日である。
球団は本拠地を札幌ドームから新たに北海道北広島市のエスコンフィールドに移転し、この日が開場して初めて行われる公式戦だった。日本野球機構も開催するプロ野球をこの1試合だけにする日程を組み、その門出を祝った。球春を待ちわびたプロ野球ファンの注目はこの一戦に集まった。
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東北楽天ゴールデンイーグルスとの開幕戦は劣勢で進んだ。
打線が振るわず終盤へ。2点ビハインドの9回表に登板したのが田中だった。
主砲の浅村栄斗、島内宏明、阿部寿樹の上位打線3人をいずれもフライアウト。移籍初登板を無失点で飾った。チームは敗れたが、田中にはかすかな光が差し込んだ。
新庄は2戦目も田中を試した。
4月1日のゴールデンイーグルス戦も劣勢で進んだが、6回裏、同点に追いついた。
その直後の7回表、田中をマウンドに上げたのである。ファイターズへと傾きはじめた流れを完全に引き寄せるためにも重要なイニングだった。しかも、2番小深田大翔から始まる手ごわい並びである。小深田には四球を与えたが、マイケル・フランコと浅村を連続三振。またも、無失点の好リリーフをみせると、その直後、打線が勝ち越した。そのあと、追いつかれて、田中のプロ初勝利の権利は消えたが、チームは延長戦の末にサヨナラ勝ち。田中も勝利の立役者のひとりになった。
「このチャンスを逃したら野球人生が終わる」
「あの開幕1戦目に投げさせてもらって0点で抑えて帰ってきたのは、僕にとってすごく大きかったですね。開幕2戦目も投げさせてもらえたのがポイントになりました」
田中にとって人生が大きく転回していく2日間になった。
あのとき、まさに不退転の覚悟を胸に秘め、全力で腕を振った。
「僕はファイターズに入ってきたとき、何の実績もありませんでした。そういう人間がいきなり勝ち試合でどんどん投げさせてもらえて、僕のなかで本当に大きな経験でした。このチャンスを逃したら、もう野球人生が終わると思ったので必死にやりました」
物事には時機がある。人生の不思議さであり、田中は確かにファイターズに移籍したことで「時の運」を摑んだ。そして、それをアシストしたのが新庄の「人使い」であった。


