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野球クロスロードBACK NUMBER
松井秀喜“4球団競合ドラフト”のウラ側で…指名漏れした「星稜高のエース」は何者だった? 「『恥ずかしい』が一番」「監督にも挨拶せずに…」
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byJIJI PRESS
posted2024/10/27 17:22
4球団競合の抽選の末、巨人が交渉権を獲得し野球部の仲間たちに胴上げされる18歳の松井秀喜。歓喜のウラで同級生エースに起こった悲劇とは
もう、ないな――。
ドラフト会議が行われる新高輪プリンスホテルで5位指名が始まる頃、山口が席を立つ。
「すまんかったな。ここまで残ってくれてありがとう。俺、帰るわ」
松本たちに言葉を絞り出し、教室をあとにした山口は、校舎内の公衆電話で自宅にいる父親に迎えに来るよう頼んだ。
「さすがにその日は、恥ずかしくて電車に乗って帰れんかったですね。ドラフトの指名から漏れたわけですから」
150人もの報道陣が星稜に詰めかけながら、エースの山口は誰からも取材をされることはなかった。彼らは松井にご執心なことはわかっていたし、なにより声をかけてほしくなかった。それほど、ドラフトで自分の名前を呼ばれなかったショックが大きかった。
山口は、松井どころか監督の山下智茂にすら挨拶せず、ひとり校舎をあとにした。
巨人の1位と指名漏れ。
天国と地獄。
残酷な運命の1日を味わわされた山口が、静かに口を開く。
「高校生だから、やっぱり『恥ずかしい』っていう気持ちが大きかったんですよ。甲子園に出て注目されたこともあって、町を歩いていると声をかけられたり、たまに人だかりができたりって経験をさせてもらっていただけに、余計に人前に出たくなくて。最初からプロ志望を表明していても恥ずかしかっただろうなと思うなか、大学に行くのをやめて表明しておいてってなるとなおさらですよね」
今にして思えば、92年はバルセロナオリンピックが開催されたこともあり、ヤクルト1位の伊藤智仁など多くの即戦力選手が指名された影響も否定できない。
「ドラフトってまさに『運命』なんですよ」
それでも山口は、本来の進むべき道を蹴ってまで挑戦した末の結果を受け入れる。
「ドラフトってまさに『運命』なんですよね。だから今も、指名された人より漏れちゃった人のほうを気にします。『ドラフトにかからんくて、大丈夫かな?』とか。それって、経験した人にしかわからないですから」
そこには、みじめさや虚しさを内包させた「18歳の山口哲治」を大事そうに取り出して話す、50歳の山口哲治がいた。
<後編につづく>