「落合はよく練習で、トップを確認するためにバスターで打っていました。なので、『試合もバスターで打てばいいじゃん』と言ったのです。そしたら、本当に落合はバスターで打席に立ったんです。1打席目、スライダーをカーンと打って、2打席目はシンカー、3打席目はまっすぐを打って3安打。その後、ベンチで落合は『広野さん、もうわかったよ』と一言つぶやきました。落合は自分のバッティングに対して真摯で、忠実。小学生みたいにバスターで打つことは、普通のプロは恥ずかしがってできませんが、彼はそんなことよりも自分の姿を正そうという意識が強いんです」

　このような鏡の役割を広野は1985年と1986年の2年間続けた。この2シーズン、落合は三冠王を連続で獲得するなど驚異の成績をあげている。

1985年、セ・パで三冠王を獲得したランディ・バースとのツーショット　©BUNGEISHUNJU

　この事実と照らし合わせれば、広野の存在なくして落合の三冠王はなかったのではないかと思える。だが、広野も落合も、これに関して語ったことはないという。

「私の存在が、三冠王に直結したのかはわかりません。私がいなくても、彼は自分で気づいて修正していたかもしれない。なにしろ、指摘しても返事はおろか、感謝の言葉さえ最後までなかったんですから。彼が誰かに感謝を示している言葉は、いまだかつて聞いたことありませんよ。それが『オレ流』なんでしょうけど、そら嫌われるわね。落合は野球人として自分が成績を収めることができれば、それでいいという人間なんでしょう。ただ、個人的にはコーチとして少しは彼の役に立ったのかなと感じています。事実、あの2年間の成績は突出していますから。彼の一番いい状態を気づかせ続けた。それが私と落合の3年間の付き合いでした」

2度目の三冠王を獲ったあと、1985年12月の結婚披露宴で。キャンドルに火をともすタキシード姿の落合と信子夫人　©Sankei Shimbun

「落合は管理野球が嫌いだった」

　そんなオレ流を貫いた落合は「好きにさしたれ」と放任してくれた稲尾監督がチームを去ると同時にロッテから中日に移籍。その裏には稲尾解任への強い不満があったとされるが、落合がこれほどまで稲尾を信頼していた理由を広野はこう話す。

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