「荒木や井端に対して『バッティングは10回やって3回成功したら超一流なんだ。7回も失敗していいスポーツは野球しかない。だから、そんなに難しく考えるな』と言っていました。選手としては、すごく楽になる言葉だなと思いましたね。あと、落合さんはノックがめちゃくちゃうまいんです。バウンドしないボールを取れるか取れないかギリギリの場所に打つ。荒木が演技しているのかと思うくらい、飛びついて取れるかどうかというギリギリに打つんです」

　監督となっても落合のバットコントロールは健在だったようだ。量をこなす練習で確実に技術をつけさせ、選手にみずから考えることを促す手法は、みずからも練習量でのし上がってきた落合らしいものと言えるだろう。加えて、落合は意外にも「運の良し悪し」も重要視している。

落合は何度も“運”を強調した

「Numberの取材を受けるにあたって、落合の講演を聞きに行ってきた」という広野は、落合が壇上で何度も運を強調していたことが印象的だったという。

落合博満の三冠王を裏で支えた広野功。写真はロッテコーチ時代（1999年）

「ちょうど日本シリーズの時期でしたが、両チームの強みや特徴は話しても、どっちが勝つかは明言しない。『勝負ごとには運があるから、どっちが勝つかは誰にもわからない』などと言っていました。落合は1977年のドラフトで指名漏れしていますが、そのおかげでアマチュア日本代表に選ばれ、盟友の森繁和（元西武、落合政権で一軍ピッチングコーチなどを務めた）と出会った。これも落合は運だったと言うわけです。私は落合が稲尾さんと出会ったことも運だと思うし、その運がなければ、あそこまでの選手になっていたかわかりません。私のようなコーチがいたことも、彼にとって幸運だったかは定かではありません。しかし、私は落合から学んだことが多くあったので、彼と出会えたことは野球人としてとても運があったと感じています」

「大したことはしてない」と広野は謙遜するが、オレ流の理解に努め、尊重し、さりげなく軌道修正させた手腕は誰にでもできることではない。落合の連続三冠王の裏には、広野功という名コーチの存在があったと、筆者は確信している。

＜前編、中編から続く＞