1984年の秋季練習で、広野は落合から相談を受けている。落合は「広野さん、アウトステップだと速い球に差し込まれるから、アウトステップをスクエアかインステップ寄りに変えようと思う」と言っていたという。

「落合はブーマーに勝つために、打率3割5分、ホームラン40本、110打点くらいを見据えて相当考えたんだと思います。しかし、私はステップを変えることに大反対しました。彼の強みや有利性はアウトステップすることで体の近くのポイントでボールを捉えられ、逆方向にもホームランが打てることなのですが、ステップを閉じるとポイントを2段階前に出さなければならなくなります。このポイントを変えるとバッティングの感覚が狂ってしまう。プロにとって、感覚を変えることはかなりの苦労をともないます」

　このとき、広野は初めて落合にアドバイスした。

「では、今のポイントのままで打つにはどうしたらいいか。それは、下半身を鍛えることだと言いました。落合は走るのが大嫌い。下半身が弱っていることが差し込まれている原因だと指摘したんです」

ロッテ時代（1985年撮影）　©BUNGEISHUNJU

「コイツ、また厄介なことを…」

　このアドバイスに対し、特に反応を見せなかった落合だったが、秋季練習の終わり頃、彼は広野にこう要望したという。

「キャンプに行ったら、僕をバッティング練習から外してくれませんか。キャンプでバットを持ちたくないです」

　看板選手がバットを持たないで練習すれば、マスコミが騒ぎ、対応が大変になる。「コイツ、また厄介なこと言い出したな……」と感じた広野は、稲尾監督に判断を仰ぐことにした。

「選手の自主性を重んじていた稲尾さんは一言『落合の好きなようにやらしたれ』。ただ、やはり看板選手ですし、さすがに5クール目からはバットを持たせることにしました。落合も了承し、1985年のキャンプが始まったんです」

1985年、セ・パで三冠王を獲得したランディ・バースとのツーショット。三冠王記念贈呈車を前に　©BUNGEISHUNJU

落合がまさかの2時間“ゴロ捕球”

「さて、落合はバットを握らずに何をするんだろう」と見守っていた広野。コーチの心配などどこ吹く風と、落合は飄々とグラブだけを持ってグラウンドにやってきた。

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