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森保一監督の告白「あのときは悔しかった」18歳での“屈辱の経験”「給料も1万円少なくて…」“超無名”の高校生が日本代表になるまで
posted2024/02/03 11:02
text by
木崎伸也Shinya Kizaki
photograph by
J.LEAGUE
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「森保は利口なところがあって…」
森保一の武器は「人から話を聞いて吸収する力」である――。そう評するのは、サンフレッチェ広島時代に中盤でコンビを組んでいた風間八宏だ。
『ぽいち 森保一自伝』(西岡明彦との共著)において、風間は次のように語っている。
「『聞いて吸収できる人」という印象で、それが彼の特徴でもあった。(中略)
いい選手になる素質というのは、いいプレーを盗む<吸収力>と、正しい判断を下せる<選択力>を持っている人。彼はその能力が相当優れていたのだと思います」
サンフレッチェでGMを務めた今西和男も同じ見方をしている。今西はマツダ(サンフレッチェ広島の前身)総監督時代に、無名の高校生だった森保を発掘した人物だ。
今回、『聞く、伝える、考える。』(今西和男著)の出版に合わせて広島を訪ねると、今西は2人の違いをこう説明した。
「八宏は技術があるだけでなく、サッカーに対して確固たる自分の考えがあった。知識に絶対の自信があり、自分はこういうサッカーをするんだという理想像を持っていた。本当にサッカーが大好きで、負けん気が強く、後にも先にもこういう選手に会ったことがない。
一方、森保は利口なところがあって、八宏のところに行っていろいろ話を聞き、人の経験を自分のものにしようとしていた。八宏と同部屋になると、ずっと森保は話を聞いていたそうです」
「屈辱的な経験」
森保は平凡な選手だったにもかかわらず、日本代表にまで上り詰めた「下克上の男」だ。それを実現できた理由のひとつに「人から話を聞いて吸収する力」があったのだろう。
なぜ森保はプライドに縛られず、とことん謙虚に人に話を聞ける人間になったのだろう? おそらく高校から実業団に入るときの「屈辱的な経験」が関係している。