核心にシュートを!BACK NUMBER
森保流マネジメント「マンネリ打破」先駆けは南野拓実29歳? “一度は構想外”を乗り超えた才能「森保さんが監督になった頃のような…」
text by
ミムラユウスケYusuke Mimura
photograph byJIJI PRESS
posted2024/01/17 17:41
南野拓実29歳の誕生日の一コマ。菅原由勢、板倉滉からケーキをもらって嬉しそう
南野はあの頃から、森保体制下で最もゴールを決め、日本代表の10番を与えられた選手として、どう振る舞うべきかをよく問われるようになった。そして、ゴールを決められなければ、不調と評価された。
思えば、南野の前にこの番号を一定期間以上背負ってきた香川真司は、10番の責任に真っ向から向き合うことで自分の力に変えようとしてきたが、それでもときに苦しむことがあった。
南野は逆に、10番の責任に囚われないように、自分の仕事や長所を出すことにフォーカスした。そのうえで結果的に10番にふさわしいようなプレーをしようと努めていた。それでも、「チャレンジャー」の立場に立つことは、環境が許さなかった。
カタールW杯後の背番号に見る“周囲の期待値”
それだけではない。カタールW杯後の状況はもっとシビアだった。
思い出してもらいたい。
南野が昨年10月に代表に復帰した際に与えられた背番号は8番だった。昨年6月の代表戦にあわせて、“主力と目される”選手たちの背番号が定められた。それ以降8番は鎌田大地のものとなっていたのだが、このときは鎌田がコンディション不良で招集されなかったことが、背番号の割り振りには関係していた。
だから、翌月に鎌田が代表に復帰すると、南野の背番号は13番に“格下げ”になった。(なお、森保監督は背番号決定にかかわっておらず、「背番号に関しては、私は報告を聞いているだけで協会の担当者に全て任せています。担当者と選手がコミュニケーションを取った上で決まっています。私自身はいつもそれを確認して承認しているだけ」と話している)。
監督や首脳陣、スポンサーの期待などを含めて、総合的に判断する立場にある担当者からの評価の低さがうかがえた。日本代表ではピッチの中での年齢は関係ないが、ピッチの外の様々な決定プロセスでは基本的に年齢が基準となるからだ。様々な配慮はあるにせよ、2023年の南野の背番号がころころ変わっていたのは、彼の未来への期待値が低かったことも一因だろう。
南野がメンタルを乱されなかったワケ
しかし南野は、そんなことでメンタルを乱されなかった。