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スポーツ・インテリジェンス原論BACK NUMBER
「フランス料理マズいでしょ?」フランスの田舎で尊敬される日本人“ミシュランシェフ”がいた…ラグビーW杯で私が出会った「人生最高のガーリックライス」
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byKiichi Matsumoto
posted2023/11/28 11:05
フランス西部の小都市アンジェ。人口15万人ほどのこの街で、筆者は日本人“ミシュランシェフ”と出会う
「繊細な日本的なタッチ……上質な調理と味つけ。ディナーは3時間に及ぶ素敵なグルメの旅です」
夜8時定刻にMくんと落ち合ってお店の扉を押すと、ハタケナカ・シェフと思われる男性がカウンター越しに私たちを迎えてくれた。
「こちらにお住まいですか?」と質問され、「いえ、ラグビーW杯の取材でナントに来ました」と答えると、「ああ、昨日だったですもんね」と会話が始まった。
シェフは畠中和美さん。私が「おやっ?」と思ったのは、お店にはシェフひとりだけだったことだ。ひとりですべてに対応しているようだ。
驚いたのは、シェフから「フランス料理、まずいでしょ?」と言われたことだ。どう答えたらいいかまごまごしているうちに、一皿目が運ばれてきた。
「人生最高のガーリックライス」
なんと、海老天だった。
まさか、フランスで正真正銘の天ぷらが食べられるとは!
その後も魚、野菜、肉が滋味深く提供され、夜が更けていく。ワインを飲もうかと思ったが、シェフが「私は飲まないので」と、岡山・辻本店の「御前酒」を頂戴することになった。気分はもう、日本である。
そして夜10時を過ぎ、デザートの時間が近づいてくると、畠中シェフがこう言った。
「ガーリックライス、食べませんか?」
Mくんが言う。
「あるんですか!」
シェフが答える。
「久しぶりに、作りたくなって」
私も、久しぶりに食べたかった。ただし、問題があった。私たちはその夜、ナントのホテルに帰らなければならなかった。ガーリックライスをいただいたら、間に合わないかもしれない。フランスで終電を気にしなければならない浅ましさ……。その懸念伝えると、「ええっ!」とシェフも驚く。数秒の沈黙のあと、畠中シェフの口から出たひと言に私たちは驚いた。
「送りますよ」
ナントまで1時間ほどかかる。お店の片付けもあるだろう。往復したら、シェフがアンジェに戻るのは2時過ぎに違いない。それはありがたいですが……と、もごもごしていると、シェフが力強く言う。
「ガーリックライス、作りたいんですよ。作らせてください。それに、たまにはいいんですよ、違ったことが起きた方が」
そうして、にんにくの香ばしい香りが店内を満たした。
ガーリックライスが提供されたのは、Mくんと私だけだった。ほかのゲスト、8人のフランス人たちの視線は私たちに注がれたが、これは本当に特別なひと皿だった。私たちはものすごい勢いでかっこんだ。これ以上のガーリックライスを食べた記憶はなかった。
「フランス人の妻を看取った」畠中シェフの半生
日付は10月10日になり、真夜中のナントへのドライブは、忘れがたいものとなった。途中、午前1時過ぎに私がNHKラジオ第1の生放送に車内から出演するという荒技もありつつ、Mくんと私は畠中シェフのたどってきた人生に耳を傾けた。