ラグビーPRESSBACK NUMBER
「小室さんが求めることを察知できたのも、あの3年間があったから」DJ KOO(60)が語る“昭和のラグビー部”秘話…内田裕也が松尾雄治との縁をつないだ?
posted2022/05/27 11:02
text by
占部哲也(東京中日スポーツ)Tetsuya Urabe
photograph by
DJ KOO
アニメ『シティーハンター』のエンディング曲『Get Wild』のシンセサイザー音が大音量で反響し、青空に吸い込まれていく。両手が大きく振られ、体は縦揺れする。レーザー光線が交錯し、炎が上がる。ライブ会場ではない。埼玉県熊谷市のラグビー場。TRFのDJ KOO(60)は、DJプレイで埼玉ワイルドナイツのホームスタジアムのボルテージを急上昇させた。
「埼玉ワイルドナイツ……。ワイルドに盛り上げる曲ないかなと探していたらありました! オレの師匠(小室哲哉)の『Get Wild』が!!」
ほおをバラ色に光らせて言った。サングラスの奥の目は細くなっていると簡単に推測できるほどに。還暦を迎えた元ラガーマンは、スタンド上部に設置されたDJブースからラグビー・リーグワン初年度をカラフルに彩った。
「本当はサッカーの強豪・習志野に行きたかった」
45年前の春――。KOOが柏日体高(現・日体大柏高)の校門をくぐると、部活の勧誘合戦が待ち受けていた。偶然にも最初に署名したのがラグビー部だった。
「中学ではサッカーをやっていて、本当は強豪の習志野高校に行きたかった。でも、落ちちゃって(笑)。入学式の次の日。先輩に呼び出されて、入部するうんぬんもなくグラウンドに出された。先輩たちがモールを作っていて『どんなことしてもいいからボールを取ってみろ』って」
15歳の少年は人が形成した一つの塊に向かって何度も突進した。
「ガチで体当たりしても、どうしてもボールが取れない。こんなに思いっきり『体』と『気持ち』をぶち当てられるスポーツがあるのだと感動したのを今でも鮮明に思い出せますね」
経験した者にしか分からない痛覚がある。人生初の感触が熱く肉体に刻まれた。社会現象にもなったドラマ『スクール☆ウォーズ』が放送されるのは7年後の話。ラグビー冬の時代だったが、丸いボールではなく楕円球の魅力に吸い寄せられた。