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「羽生さん、あなた名人だろう! いい加減、投げるべきだ」羽生善治を追い詰めるも、まさかの大逆転負け…森下卓が明かす「信じられないミス」の真相
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKYODO
posted2023/10/17 06:00
1990年代、将棋界を席巻した羽生善治。七冠を目指す羽生に挑んだ棋士が当時を振り返る
それはタイトル戦史上に残る大逆転劇であり、森下の一手は「10年に一度もないような、信じられないミス」と評された。
羽生にはあの夜、何が見えていたのだろうか? 森下の心には疑問がしこりのように残った。その答えがわかったのは名人戦第3局が終わった時のことだった。
2連敗で迎えたその日、森下は全身全霊をかけて盤に向かった。このまま1勝もできずに敗れれば、名人戦の挑戦権を争った棋士たちに顔向けができないという思いと、前年度の棋王戦から羽生に負け続けている自らの意地のためだった。
《後先のことは考えず、全身全霊をかけて戦えた1局でした》
羽生さんは見抜いていた
会心の将棋で優勢を奪った。すると第1局であれほど粘った羽生が持ち時間を30分も残して、あっさりと投了したのだ。
その瞬間、森下はわかった。
《これは穿った見方なのかもしれませんが、羽生さんは第1局、私が集中を欠いているのをわかっていたんじゃないでしょうか。だから粘った。逆に第3局はこの相手は集中しきっていると見抜いて投了した。そうとしか考えられないんです》
あの夜、羽生は絶体絶命の中で観察していたのだ。羽虫に苛立つ森下、その心の空白が広がっていくのをじっと待っていた。
森下はその執念に寒気を覚えた。
そして最終的に、1勝4敗で名人位の防衛を許した。
<続く>
森下卓Taku Morishita
1966年7月10日、福岡県生まれ。(故)花村元司九段門下。1983年四段。2003年九段。タイトル戦登場は6回。棋戦優勝は8回。タイトル獲得歴がないため、「無冠の帝王」の異名を持つ。非常に礼儀正しく「棋界一の律義者」とも言われる。2017年5月より将棋連盟常務理事。