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“羽生にらみ”に、年上の挑戦者が思わず「この場から離れたい…」羽生善治全冠制覇を許した“終盤の魔術師”が語る「にらみの効力」
posted2023/10/17 06:01
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Tadashi Shirasawa
やはり詰みだ。勝ちなのだ
《一体、どうしてしまったのか……》
49歳のベテラン、森けい二九段は自分で自分に首を傾げた。終局は近い。勝利は目前だ。それなのに、詰め筋が見えないのだ。
9月14日。森は羽生の持つ王座に挑んでいた。兵庫は有馬温泉の老舗旅館、中の坊瑞苑で行われた第2局は夜になり、森の大優勢となっていた。
午後9時頃だっただろうか。対局の立会人である内藤國雄九段が部屋に入ってきた。
《やはり詰みだ。勝ちなのだ》
内藤は詰将棋の天才である。その人物が入室してきたということは終局間近であり、詰め筋が存在することの証だった。
ただ、なぜかこの夜の森にはそれが見えなかった。
だから羽生さんとの勝負はおもしろい
森は「終盤の魔術師」という異名を持っていた。中盤までは劣勢になることが多いのだが、それを最終盤でひっくり返してしまう。そういう華のある将棋を指した。
そんな森が羽生を前にして、第1局で逆転負けを喰らい、この第2局も優勢ながら得意の終盤で迷いが生じている。
森は盤を隔てて向こう側にいる羽生を見た。表情からも指し手からも動揺や焦りはうかがえない。おそらく消し去っているのだ。それによって森は詰め筋の存在を確信できないでいた。
《だから羽生さんとの勝負はおもしろい》
初めて羽生に会ったのは13年前の春だった。奨励会時代の知人から「八王子に強い子がいるから、少し相手をしてやってもらえないか?」と頼まれた。鮨屋の上階にある道場に行くと、赤いカープ帽をかぶった、目のぱっちりした少年がいた。
魔術師が明かすタネ
《こんな可愛い子が将棋を指すのか、どれくらい強いのかと半信半疑でやってみたら、かなり鋭い手を指してきたんです》