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“羽生にらみ”に、年上の挑戦者が思わず「この場から離れたい…」羽生善治全冠制覇を許した“終盤の魔術師”が語る「にらみの効力」

posted2023/10/17 06:01

 
“羽生にらみ”に、年上の挑戦者が思わず「この場から離れたい…」羽生善治全冠制覇を許した“終盤の魔術師”が語る「にらみの効力」<Number Web> photograph by Tadashi Shirasawa

盤上を鋭い視線で見つめる「羽生にらみ」。7冠を目指す羽生善治は、代名詞とも言えるこの動きをして、挑戦者を恐れさせた

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鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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Tadashi Shirasawa

 1995年。前年にあと一冠まで迫りながら七冠制覇を逃した羽生善治は、六冠を防衛し、再び未踏の境地に挑むべく「七冠ロード」を疾走した。行く手を阻まんと盤上に散った挑戦者、森けい二は代名詞である強い視線にたじろんだ。王座戦で羽生七冠に挑戦した“終盤の魔術師”がその対戦を振り返る。(全2回の第2回、初出は2020年9月3日発売Number1010号掲載「羽生を止めろ。七冠ロード大逆転秘話」、肩書はすべて当時のもの)

やはり詰みだ。勝ちなのだ

《一体、どうしてしまったのか……》

 49歳のベテラン、森けい二九段は自分で自分に首を傾げた。終局は近い。勝利は目前だ。それなのに、詰め筋が見えないのだ。

 9月14日。森は羽生の持つ王座に挑んでいた。兵庫は有馬温泉の老舗旅館、中の坊瑞苑で行われた第2局は夜になり、森の大優勢となっていた。

 午後9時頃だっただろうか。対局の立会人である内藤國雄九段が部屋に入ってきた。

《やはり詰みだ。勝ちなのだ》

 内藤は詰将棋の天才である。その人物が入室してきたということは終局間近であり、詰め筋が存在することの証だった。

 ただ、なぜかこの夜の森にはそれが見えなかった。

だから羽生さんとの勝負はおもしろい

 森は「終盤の魔術師」という異名を持っていた。中盤までは劣勢になることが多いのだが、それを最終盤でひっくり返してしまう。そういう華のある将棋を指した。

 そんな森が羽生を前にして、第1局で逆転負けを喰らい、この第2局も優勢ながら得意の終盤で迷いが生じている。

 森は盤を隔てて向こう側にいる羽生を見た。表情からも指し手からも動揺や焦りはうかがえない。おそらく消し去っているのだ。それによって森は詰め筋の存在を確信できないでいた。

《だから羽生さんとの勝負はおもしろい》

 初めて羽生に会ったのは13年前の春だった。奨励会時代の知人から「八王子に強い子がいるから、少し相手をしてやってもらえないか?」と頼まれた。鮨屋の上階にある道場に行くと、赤いカープ帽をかぶった、目のぱっちりした少年がいた。

魔術師が明かすタネ

《こんな可愛い子が将棋を指すのか、どれくらい強いのかと半信半疑でやってみたら、かなり鋭い手を指してきたんです》

【次ページ】 勝負師の血が騒ぐ

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