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「引退は投了と同じくらい難しいんですよ」羽生善治15歳~55歳の人生も、藤井聡太に完敗後語った「藤井将棋の凄み」も…本人が語った言葉が深い
posted2025/12/23 06:02
前人未踏の通算1600勝を達成した羽生善治九段
text by

田丸昇Noboru Tamaru
photograph by
Kiichi Matsumoto
羽生善治九段(55)は11月26日に朝日杯将棋オープン戦で千田翔太八段(31)に勝ち、史上初となる通算1600勝を達成した。節目の勝利となった対局や当時の羽生の思いを、各インタビュー記事を基にして振り返る。藤井聡太六冠(竜王・名人・王位・棋聖・棋王・王将=23)が第一人者の現在の将棋界において、2017年に「永世七冠」の偉業を達成した羽生の今後の展望についても、田丸昇九段が推し測る。【文中の段位や称号、年齢などはすべて当時。初出以外は省略】
通算1600勝の最終盤でも“震えた指先”
羽生九段は通算1600勝の達成について、記者会見で次のように語った。
「40年間やってきた長い積み重ねが、ひとつの記録になってよかったです。近年は若手棋士との対戦が増え、AI(人工知能)による研究で序盤戦術も以前とまったく違います。自分の過去の経験だけでは通用しません。対応していく大変さをいつも感じています。将棋は何十年やっていても、新しい形が出てきます。自分なりに吸収して取り入れていく気持ちで臨んでいます。将棋連盟会長を6月に退任してからは、将棋のことを考える時間が増えました。それを良い方向につなげていきたい」
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なお、羽生九段は千田八段との最終盤の局面で指先が震えたようだ。それは緊張感ではなく、勝利のサインであった。「無我夢中で指して勝ち筋がはっきり見えて、勝負がついたなと感じたとき、我に返ってそこで手が震えることがあります」と、以前に語ったことがある。
羽生九段のデビュー対局での初勝利から、今日までの節目の勝利数となった対局を振り返る。
「大したことはない」辛口評価を受けたデビュー時
1986年(昭和61)1月31日。羽生四段(15)は王将戦の予選で公式戦の初対局に臨んだ。対戦相手は宮田利男六段(33)。後年に藤井竜王・名人から叡王と王座を奪取した、伊藤匠二冠の師匠に当たる。
メディアは天才の呼び声が高い中学生棋士の羽生に大いに注目し、当日は多くの報道陣が駆けつけた。将棋会館で対局していた棋士たちも、どんな将棋を指すのかとたまに見にきた。羽生は先輩棋士の視線を気にする様子もなく、時には乱れ気味の髪をかきむしったりして無頓着だった。そして羽生は終盤で鮮やかな決め手を放ち、デビュー対局を勝利で飾った。

