Number ExBACK NUMBER
「履正社行くなら本気で甲子園目指そうと」史上初のセンバツ開催中止…連覇への挑戦権を奪われた履正社ナインはコロナ禍をどう乗り越えたか
text by
釜谷一平Ippei Kamaya
photograph byHideki Sugiyama
posted2023/08/07 17:08
2019年夏の甲子園で初優勝した履正社。史上5校目の夏春連覇に向けて挑戦するはずだったが…
「急に『頭が痛い』って。そのまま……」
クモ膜下出血。49歳の若さだった。
生前、両井が父からよくかけられていた言葉は、「野球を楽しめ」だった。父が亡くなり、レギュラーが取れない中、両井は毎日、頭に残る教えを反芻しながらバットを振り、自宅の周りをランニングした。祖父が自宅の庭に設置してくれた「置きティー」の器材と防球ネットは使い込まれ、ボロボロになった。池田や小深田にもアドバイスを求め、自身のバッティングとミックスした。
2019年の秋季近畿大会。両井は遂に覚醒する。準決勝までの綾羽、京都翔英、天理との対3試合で計9打数6安打。チームトップの打率を残し、3番・小深田、4番・関本の後を打つ6番や5番が定位置となっていった。
最後の学年にしてついに掴んだ手応えとレギュラーの座。2020年春のセンバツは、両井にとっては、天国の父にプレーを届ける最高の晴れ舞台となるはずだった。
「子どもらが勝ち取ったものですから」
2020年3月11日、日本高野連と毎日新聞社は、センバツの史上初の開催中止を発表した。たとえ無観客試合であっても、選手や関係者の安全を守ることは難しいという判断だった。
当時、履正社高校野球部保護者会で会長を務めていた大西純市が、記憶をたぐる。
「最初のうちは、『甲子園はやるだろう』と思っていました。子どもらが勝ち取ったものですから。でも雲行きが怪しくなってきてからは、親はみな必死でした」
大西は、2020年のチームで主軸を打った外野手・大西蓮(現JR東日本東北)の父である。保護者会に号令をかけてセンバツ開催を求める嘆願書の署名を集めると、他の強豪校の保護者にも連絡を取った。
「天理、智辯和歌山、大阪桐蔭。みんな動いてました。各学校で何千人単位で署名を集めて、監督を通じて高野連に提出してもらいました。やれることをやろうと」
署名の数は何万になっただろうか。しかし、保護者たちの悲痛な声は世論を動かすには至らなかった。
大西が生徒と保護者の心情を代弁する。