大八木監督の涙…夏合宿最終日、勇退を告げられた日

　その監督から、今季限りでの勇退を告げられたのは夏合宿の最終日だった。志賀高原の宿舎で、田澤と主将の山野、副将の円健介の3人が呼び出され、思いを打ち明けられた。

　大学駅伝3冠を今季の目標に掲げたのは選手たちだったが、監督にも3冠を成し遂げたいという同じ思いがあった。

　監督として臨む最後のシーズンで、唯一のやり残しと言える3冠を達成したい。なにより、お前たちと一緒に勝ちたい――。話す内に感情がこみ上げてきたのか、監督の目には光るものがあった。

　それを見て、田澤らの思いもいっそう揺るぎないものになったという。

「3冠をしたいんじゃなくて、しなきゃいけないって。改めてそう思わされた瞬間でした。自分たちのためと言うよりも、最後は監督のために勝ちたかったです」

恩師から田澤へ、「最後の声かけ」の中身

　田澤の箱根駅伝ラストラン。くしくもそれは、大八木監督の勇退への花道でもあった。運営管理車に乗る大八木から田澤に何度も檄が飛ぶ。田澤の胸を震わせたのは、こんな言葉だったという。

「残り3kmくらいだったと思うんですけど、監督から『信じてるからな』って言われたんです。なんかその言葉がじんと来ましたね。けっこう限界だったんですけど、踏ん張ろうと思いました」

　万全とは言いがたいコンディションながら、田澤は懸命に腕を振り、壁とも形容される残り3kmからの坂道を駆け上った。

　途中で中央大の吉居大和と青学大の近藤幸太郎が追いつき、トップ3と言えるエースの競演に沿道が沸き立つ。

　最後は吉居の切れ味鋭いラストスパートで勝負がついたが、チームとして最大のライバルである青学大の近藤にわずか1秒とはいえ先着したのは、田澤なりの意地だったのだろう。

　前回の2区でマークした歴代4位の自己記録には21秒及ばず、区間賞も取れなかった。おそらく本人は不満だろうが、監督はきっと最大限の良い評価をしてくれるはずだ。

　史上5校目となる大学駅伝3冠達成のかげに、大エースの力走があったのは間違いないのだから。

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