ラグビーPRESSBACK NUMBER
「エディーが注目した高校3年生」は、なぜ“遠回り”したのか? 久しぶりのラグビー代表戦で27歳山沢拓也と26歳梶村祐介が輝いた理由
text by
大友信彦Nobuhiko Otomo
photograph byAtsushi Kondo
posted2022/06/29 06:00
ウルグアイ戦で43-7で快勝に貢献したSO山沢拓也。司令塔としてゲームを統率した
山沢と梶村。久々のテストマッチで躍動した2人には共通点があった。
山沢は12年6月、深谷高校3年だったときに日本代表候補合宿に招集され、日本代表予備軍「ジュニアジャパン」の一員としてトンガ代表と対戦した。梶村は13年9月、報徳学園高校3年のときに日本代表候補の強化合宿に招集され日本代表のトップ選手の中に入って練習し、近未来の日本代表を担う選手として人々の心に強く印象づけられた。2人を日本代表に招集したのはエディー・ジョーンズだった。
2人にとってそれは、優しい経験ではなかった。
17歳でトンガ代表の猛者たちと対戦した山沢は試合後「完全にビビりました」と素直な感想を口にしている。
「怖かったです。デカかったです。怖さを試合中、引きずったままで、ビビった結果、トライされてしまった。試合中、克服はできなかった。アタックでも、高校生相手なら抜けたところでも抜けなくて、パニクってました。得たものですか? こんだけデカい人たちとやれた、ということくらいです……」
18歳梶村「堀江さんに完全に飛ばされた」
18歳の誕生日を迎えた頃に初めての日本代表招集を受けた梶村は「授業前に(招集されたことを)言われて、授業が全然頭に入りませんでした」と初々しい言葉を口にした。
「自信を持っていたフィジカルの強さが、日本代表の合宿では全然通用しなかった。ヤマハ(当時)の堀江恭佑さんにタックルに行って、完全に飛ばされたんです。ジャージーを掴んで、体重を使って何とか倒したけど、ほぼ飛ばされた」
以来、体を作り直そうとウェートトレーニングと食事の回数を増やした。授業の合間に2度の早弁、練習前後の補食も含めれば1日7食+プロテインを摂取。3カ月後の全国高校大会へは6キロ増量した98キロの体で臨んだ。
だがその体重は成長期の骨格には過剰だったようだ。花園大会を戦う中で膝を故障。14年の明大入学後は一転、体重を絞った。試行錯誤しているうちに時間は過ぎた。大学2年のときに迎えた15年W杯には候補合宿にも呼ばれずじまい。サントリー入りした18年に待望の初キャップを獲得したが、19年は代表別動隊のウルフパックの試合に出場したものの日本代表本体には招集されなかった。