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小平奈緒はなぜ愛されるのか? 15年追った記者が見た“希有なアスリート”の実像「小平の前では誰一人、敗者がいなかった」
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byJIJI PRESS
posted2022/04/20 06:00
10月のラストレースをもって引退を表明した小平奈緒。会見で語られた言葉の端々から、彼女が愛される理由が伝わってきた
ただ、気迫あふれる「虎」のような表情は滑走中だけだった。レース後は、泣きじゃくる李相花(イ・サンファ)に寄り添い、肩をそっと抱いた。オランダで自分と真剣に向き合った小平は、相手を殺さんばかりの気迫というのは自分には向いていない、という結論を得ていた。そして、やさしさや思いやりを自分の中の「核」として持ち続けるために、発想を転換していた。
平昌五輪から2年近くたった2019年12月、小平は「平昌五輪ではレース前日からサンファはどんな気持ちなのだろうと考えながらレースに臨んだ」と明かし、こう続けた。
「もしギリギリの戦いをしているならば、それでは勝てないと思うんですよね。相手に気を取られてしまうというか、優しさはあだになるというか。でも、私のスポーツに対する価値観はそこにはないと思っています。勝負師としては足りないかもしれないですが、私の中では大事にしたいあり方です。そこを核にしていくためには、圧倒的な強さがないと勝つことはできない。やさしさや思いやりを持っていても芯から強い、誰からも勝利を祝福してもらえる選手でありたい」
小平の前では誰一人、敗者がいなかった
圧倒的な強さを持とうと決めたのは、人に勝ちたいからではない。自分自身が是とする信条を貫きたいからだった。小平の前では誰一人、敗者がいない。誰も負かすことなく世界一になった希有なアスリートが小平だ。愛される理由はここにあった。
ラストレース発表会見では、人生のゴールをどこに置こうとしているのかという質問も出た。それに対する答えは、聞いていて目の前がパッと明るくなるようなものだった。
「運動会でもそうですが、ゴールテープは必ず両脇にテープを引っ張って迎え入れてくれる人がいる。次の世界に飛び込むために、いろいろな人に支えて貰いながら次のスタートラインにつけるところがゴール。その先の世界を心待ちにするラインがゴールなのではないかと、自分の中では思っています」
10月、長野エムウェーブ。小平の至高の滑りを目に焼き付けたい。
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