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「寝坊して美帆に怒られた日も」スピードスケート“最強の姉妹”をつくった早朝4時半の新聞配達…高木菜那「お金はなかったけど」両親が課した本当の理由

posted2026/02/10 11:00

 
「寝坊して美帆に怒られた日も」スピードスケート“最強の姉妹”をつくった早朝4時半の新聞配達…高木菜那「お金はなかったけど」両親が課した本当の理由<Number Web> photograph by JMPA

平昌五輪スピードスケート女子パシュートで姉妹そろって金メダルを獲得した高木菜那と美帆

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高木菜那

高木菜那Nana Takagi

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平昌五輪で妹・美帆とともにスピードスケート団体パシュート金メダル、さらにマススタートでも金メダルを獲得し、日本人女子として初の“2冠”を達成した高木菜那。北京五輪後に引退し、現在はミラノ・コルティナ五輪で現地解説を務めるなど幅広く活動している。本稿は、そんな高木が半生を綴った初の著書『7回転んでも8回起きる』(徳間書店)から、【高木家の教え】の章の一部を抜粋して紹介する。両親が3兄妹に“新聞配達”を課した理由とは?(全2回の前編/後編につづく)

「子どもたちのスポーツには関与しない」

 これが、高木家の両親のスタンスです。また、優勝しても、オリンピック出場が決まっても、「子どもより喜ばない」ということを徹底していたそうです。

 子どものときからどのスポーツの練習にもあえて付き添わずに、送り迎えのみ。なぜそうなったのかは、きっかけがあったんです。

マラソン大会でわざと転んだ兄

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 兄妹のなかで一番運動神経がよくて、走るのが好きだった兄は、小学5年生まで、札内北(さつないきた)小学校のマラソン大会でずっと優勝していました。当時、母は、大好きなマラソンで勝って喜んでいる兄の姿を見て、また次の年も勝ってほしいと願い「頑張ろうね」と励ましながら一緒に走ったりして、すごく応援していたのです。

 でも、6年生になると、身長が小さかった兄は、自分より身長が大きい子たちに負けてしまうかもしれないと思い、わざと転んで、「転んでしまったから優勝できなかった」という振りをしたんです。

 それで母は、「私が応援しすぎたせいかもしれない。親のエゴで子どもにスポーツをやらせてはいけないんだ」と感じたそうです。

 頑張って結果を残せば、子ども自身が喜ぶと思って、これまで一生懸命応援してきたけれど、それが兄にとってはプレッシャーになってしまった、と。

 1位が獲れないなら意味がないといって転ぶなんて、絶対によくない。

 そこで父と母で話し合い、「頑張れと言わない」「関与しすぎない」そして「そっと見守る」と決めたのだそうです。

 でも、最近判明したのですが、実は、兄は母のプレッシャーなんか全然背負っていなくて、単に負けるのがイヤだったから転んだ、とのことでした(笑)。

 真相はどうあれ、私が親のプレッシャーを感じることなく自分の意志で自由にスケートができたのは、この出来事があったおかげなのです。

【次ページ】 「サッカーもスケートも中途半端にやるな」

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