吉田　オリンピックって、1人しか出れないですから。それまで全日本でともに汗を流してきて、そこの苦しみはやっぱりあったと思うんですよ。根が優しいんだよな。

素手で吐しゃ物を…「康生、すげぇーな」

――でも、康生さんは、それこそ日本柔道界のスーパーエリートですよね。ある意味で、日本柔道の伝統と文化にどっぷりつかって生きてきた。にもかかわらず、そうして選手のところまで下りていって、寄り添えるというのは不思議な気もします。

吉田　あいつの人間性なのかな。昔ね、代表合宿の最終日にスタッフも交えてみんなで飲みにいったんですよ。康生がいちばん年下だった。そのとき、トレーナーがトイレでもどして、水が流れなくなっちゃったんです。そうしたら、康生が素手で吐しゃ物をすくいあげてた。誰に何を言われたわけでもないのに。それを見て「康生、すげぇーな」と思って。そういうことができる人間なんですよ。俺は絶対、無理ですね。

――普通、無理ですよね。でも、その話を聞くと、康生さんの監督としての振る舞いが少し理解できる気もします。日本代表の強さは、このまま3年後のパリ五輪でも継続されると思いますか。

吉田　いや、パリはめちゃくちゃ大変だと思うよ。今大会は東京という地の利もあった上に、無観客だったじゃないですか。選手はプレッシャーなく戦えたと思うんですよ。

「練習を見てると『みじけっ』って。口には出さないけど」

――観客がいた方がエネルギーをもらえる、という考え方もあると思いますが。

吉田　でも、オリンピックの雰囲気は異様だからね。パリは柔道人気がすごいので、サッカー場のような雰囲気になる。やってみないとわからないですけど、そのプレッシャーがどこまでメダルに影響するか。もちろん、東京は東京で結果が出たわけだから。そこは素晴らしいと思いますよ。

――日本代表の方法論がここまで成功を収めたわけですから、吉田さんが総監督を務めるパーク２４を始め、周りのチームも当然、影響を受けますよね。

吉田　うちの練習もやっぱり変わりました。練習を見てると、喉元まで出てきますよ。「みじけっ」って。今は監督に任せていますけど、僕が監督やってた頃は、めちゃくちゃやらせてたから。選手が「もう練習できません」って言ってきたぐらい。あれは、やらせ過ぎだったな。でも今は今で「これで強くなるの？」という思いになる。口には出さないけど。そのかわり、お前ら、康生みたいにちゃんと結果を出せよ、という無言のメッセージです。（つづく）

#2に続く

井上康生の変革に「すっごい迷いはありました」…メダリスト海老沼匡が衝撃を受けた“稽古量世界一”からの転換

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