JリーグPRESSBACK NUMBER
「こんな弱っちい姿を見るのは初めて」浦和で14年間追い続けたカメラマンが思い出す、阿部勇樹が“漢”になった夜
text by
近藤篤Atsushi Kondo
photograph byAtsushi Kondo/URAWA REDS
posted2021/12/17 11:06
記者会見で「絶対に泣かない」と宣言していた阿部勇樹。お世話になった人々への思いを問われると、溢れるものをこらえきれなかった
麻布テーラーのスーツに身を包んだ阿部勇樹は、バックステージに用意されたパイプ椅子に腰掛け、立ち、また座り、ぶつぶつと小さな声で何かを唱えていた。
「本日は……、お忙しい中お集まりいただき……誠にありがとうございます。わたくし、アベユウキは……、やべえ、むちゃくちゃ緊張する!」
2007年に浦和レッズに移籍してからの15年間、こんなに緊張していて、こんなに弱っちい阿部勇樹を見るのは初めてだった。
試合開始直前の埼スタ。ピッチへ向かう階段の下、キャプテンマークを左腕に巻いた阿部は列の先頭に立ち、右の手のひらで左胸のエンブレムをそっとつかみ、軽く目を閉じて深呼吸する。
そして数秒後、選手たちに先立って審判たちが階段を上り始めると、彼は左隣に立つエスコートキッズの小さな手を握り、味方の方に半身になって叫ぶ。
「さあ行こう!」
でも今、阿部勇樹の左胸には勇気を与えてくれるエンブレムもなければ、ともに戦ってくれる10人の仲間もいない。
「今日は絶対に泣かないから!」
隣で彼を見守る進行役の女性アナウンサーに向けてなのか、あるいは自分に言い聞かせようとしたのか。泣き虫で知られる阿部勇樹は覚悟を決めたように椅子から立ち上がり、もう一度ぶつぶつと挨拶の言葉を口の中で復唱する。
「では時間です」と、スタッフの合図とともに会見場へ続くドアが開き、阿部勇樹はオレンジ色の光のなかへと歩き出してゆく。
着席、挨拶、そして記者たちとの質疑応答。何問目かの質問で、浦和レッズでお世話になったスタッフたちの話になると、斜め上を見つめる阿部勇樹の瞳からみるみる透き通った雫が流れ出て、頬を伝った。そう、阿部勇樹はやっぱり泣いてしまった。