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「まったく記憶がない」フェンス激突で倒れ込んだ…明豊のレフト“決死のキャッチ”を語る【センバツ好プレー】
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byKYODO
posted2021/03/30 11:55
智弁学園対明豊の6回裏、決死のキャッチで守ったレフト阿南心雄(背番号7)を迎える明豊ナイン
「捕った瞬間は覚えているのですが、そのあとは覚えてない。目を開けたら、審判がこっちに走ってきていたので、グラブの中のボールを見せた感じです」
塁審がようやくボールがグラブに収まっていることを確認し、右腕を突き上げる。
阿南がよろよろと起き上がると、球場は一転、大歓声に包まれた。あまりの壮絶なプレーに、目の前で見ていたレフトスタンドの智辯学園の応援席からも大きな拍手が湧いた。
もし抜けていれば5−5の同点となり、形勢は一気に逆転していたかもしれない。打った山下は、4−6での惜敗に、無表情にこうとだけ言った。
「ナイスプレーだと思いました」
阿南は本来、守備が得意な方ではない。
「新チームが始まるときに内野から外野に回されました。センスがないので、外野も不安だった。なので、うまくやろうとかじゃなくて、泥臭くっていうか、下手なりにしっかりボールに食らいついていきました」
準備も怠らない。レフトのポジションについているときは、時折、両足でジャンプをしたり、左右に体を反転させ、背走の一歩目の確認をしていた。
「智弁学園さんは打線が強いと聞いていたので、後ろのフライが大きくなると思って、体で覚えていました」
「気づいたら膝も痛かった」
それにしても不思議な光景だった。
フェンス際で阿南が頭をセンター方向に向けて倒れていたとき、右腕は前に伸ばし、左腕は体の下を通り、こちらに差し出されていた。そして、右脇腹の下からのぞいていたベージュ色のグラブは不自然なくらいきれいに上を向いていた。
阿南は「まったく記憶がない」と振り返ったが、ボールを落とすまいとする本能がそうさせているかのようだった。
試合後、阿南は、まだどこかぼんやりとしているように見えた。打ったのは頭だけではなかったようだ。
「気づいたら膝も痛かった」
遅れてやってきた体の痛みがプレーの激しさを物語っていた。