フランス・フットボール通信BACK NUMBER
リベリーがロッベンを殴って大人気!?
バイエルンを支える“ロベリー”の絆。
text by
パトリック・ソウデン&アレクシス・メヌーゲPatrick Sowden et Alexis Menuge
photograph byBernard Papon
posted2017/10/22 07:00
ロッベンとリベリーの活躍により、バイエルン、オランダ代表、フランス代表などそれぞれのチームは幸せな時代を過ごせたはずだ。
ふたりの怪我が、ふたりの仲を取り持つ事に。
だが、齢を重ねるにつれてふたりの怪我も増えてきた。
ふたりあわせて公式戦570試合に出場しているが、揃って先発出場したのはバイエルンの全公式戦のほぼ3分の1に過ぎない。
2013年の春には、ふたりはヨーロッパの頂点を極める戦いで大いに耀いた。だが、それ以降は、身体が悲鳴をあげ始めた。
2014年はリベリーが負傷で3カ月離脱し、翌年はロッベンが100日以上チームを離れた。さらにその昨年も、ロッベンが3カ月間欠場した。
しかしそういったマイナスの要素とは裏腹に、相次ぐ負傷がふたりの結びつきを強めた、という事実がある。ふたりがかかりつけ医とするハンス=ウィルヘルム・ミュラー=ウォルフファールト医師を間にして、ふたりは徐々に打ち解けていったのである。
ほぼ毎週のようにクリニックを訪れては診断を受けていたふたりは、お互いの距離も縮めていった。同じ悩みを抱えながら心情を吐露しあうようになり、ライバル心よりも親近感を抱くようになったのだった。
後継者候補の若手選手たちの誰も追いつけなかった。
この6月に契約更新が迫ったときも、彼らに代わる選手を獲得する動きはほとんどなかった。
監督はファンハールからハインケス、グアルディオラ、アンチェロッティと代わっていったが、誰もふたりをチームから追い出すことはできなかった。ハインケスが振り返る。
「幾度となく怪我をしても、彼らは自分たちの最高レベルに再び到達する精神的な強さを持っていた。
そして身体的な問題さえなければ、ふたりには何の不安もなく、後継者候補の選手たちが、彼らのポジションを奪うのは実質的に不可能だったのだから」