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9000枚のユニフォームを集めた男。
欧州サッカー界の名物会長を悼む。
text by
ジャンマリー・ラノエJean-Marie Lanoe
photograph byPatrick Gherdoussi/L'Equipe
posted2017/07/19 11:00
その広大なミュージアムでコレクションを見て回るのに、ニコラ会長は電動カートを使っていた。
サッカーだけで5000枚。他のスポーツで4000枚。
モンペリエとニームの間に位置するマルシヤルグに建てられたミュージアムを訪れたわれわれをガイドするにあたり、彼はコレクションの原点となった記念すべき最初のユニフォームから説明を始めたのだった。
「試合後に彼(フランク・ルケージ)からユニフォームを手渡された。だから私は言ったんだ。『もしも君がすべてのユニフォームを手元に残していたら、大変なコレクションになっていただろう』と。それがはじまりだった」
まさかニコラン自身も、サッカーはもとより様々なスポーツのユニフォームを、これほど長きにわたり集め続けるとは想像できなかったのだろう。だがそのコレクションは、今やサッカーだけで5000枚に達し、他のスポーツも4000枚に迫ろうとしている。収蔵するミュージアムも、1800平米の広さを誇るまでに拡張していた。
かつては大きなキャビネットの中に水平に並べられていたが、今は1枚ずつガラス張りの額縁に収められ、クラブやテーマごとにまとめて飾られている。
ニコラン会長にとってユニフォームは単なる物ではない。
それぞれのユニフォームには、管理責任者であるクリスタン・ペラタンの解説が添えられ、見渡しながら歩くと、まるでスーパーマーケットのカラフルな商品棚の間を彷徨っているような錯覚に陥る。
「ここはユニフォームのブティックではない」とニコランはいう。
「これらはみな選手とともに生き、彼らの汗がしみ込んでいるんだ!」
実際に驚きの連続である。突然、目の前に現れた黄色のユニフォームは“キング”ペレのものだった。もしもビデオの解説がつくのであれば、その中でニコランはこう言うだろう。
「このユニフォームは、チリ協会の会長が私の友人であるミシェル・プラティニがチリを訪問した際に贈ったものだ。'62年にチリでワールドカップが開催された直後の10月におこなわれたチリ対ブラジルの親善試合でペレが着ていたもので、ほら、よく見てくれ。まだワールドカップ優勝を示す星が縫いつけられていないだろう」