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ベンゼマ、1222分の無得点を超えて。
「デシャンとならどこまでも行ける」
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph byGetty Images
posted2014/06/24 10:30
プラティニ、ジダンと受け継がれてきた10番を背負い、26歳にしてチームでは年長組に入るベンゼマ。チームが空中分解した南ア大会から4年、フランスは結束を見せることができるか。
「練習に専念して、復活のときを待つんだ」
――辛かったというのは具体的にどういうことですか?
「僕はストライカーであり、素晴らしいプレーが好きだし自分がゴールを決めるのも、チームメイトのためにゴールをおぜん立てするのも好きだ。だがそれができない。ピッチの上でそんなプレーができないんだ。パスをしようとしても失敗してしまう。
普段ならば問題なくコントロールできるボールができないんだ。だからボールタッチの回数も増える。あるいはクロスが上がり、ゴール前には僕しかいない。そこでコントロールできずに機会を逃してしまう。すべてがそんな具合だった。観客はブーイングを浴びせるし、メディアも僕を批判する。厳しかったよ。
僕自身も凄く気落ちして帰宅する。鬱にこそならなかったけど、こう自分に言い聞かせるしかなかった。『今はすべてが悪い方に向いているのだ』と。
楽観的にこう考えるようにしていた。『大人しくしていれば、そのうちに状況は変わる』とね。必ず風向きが変わる。だからそれまでじっと耐えよう。そう思った。
でも多くの人たちが僕を糾弾した。まるで落とし穴に嵌ったような気分だった。南京錠をかけられて、出口が見いだせないとはあのことだ。テレビでも僕は格好の標的になっていた。他の選手の会見でも、僕のことが質問される。『背中を丸めてじっとしていろ。そうすれば皆僕を話題にしなくなる。練習に専念して、復活のときをしっかり待つんだ』と自分に言い聞かせたよ」
「得点していない」と言われるのが耐えられなかった。
――最も不当だと思った批判は何ですか?
「『彼は得点していない』と言われるのが耐えられなかった」
――それは批判というより事実です。
「そうだけど、僕には批判に感じられた。彼らは僕の試合をまったく見ていない。どんなにいいプレーをしようと、得点しなければ僕は存在しないのと同じで、まったくゼロだという評価なのだから。得点こそなかったけど、パフォーマンスの悪くない試合はたくさんあった。たとえ生涯最高のパフォーマンスを発揮しても『そんなものか』と言われるのかと思ったよ」