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箱根駅伝4区まで16位…絶望の日本学連選抜を救った“初代MVP”鐘ヶ江幸治の9人抜き「ロボコップやー!」苦しんだ主将は涙「すごいチームだったな…」
posted2026/01/30 11:33
2004年の第80回箱根駅伝で驚異的な走りを見せた鐘ヶ江幸治。9人抜きで5区の区間賞を獲得し、MVPにあたる金栗四三杯を授与された
text by

小堀隆司Takashi Kohori
photograph by
Sankei Shimbun
元日のメンバー交代「ここまできたらやるっきゃねぇ!」
年が明けた2004年元日、その夜のミーティングで、日本学連選抜チームの復路8区のみメンバー交代が発表される。故障で出場できなくなった選手に代わって、名前が呼ばれたのが岡山大の末吉勇(3年)だった。驚きと、喜び。複雑な感情を、やはり当時のブログで末吉はこう表現している。
「今回は絶対失敗できないと思うと、選ばれた嬉しさと同じくらい不安を感じた。まっ、ここまできたらやるっきゃねぇ! って開き直ることにした。(中略)1月1日とてつもなく大きなお年玉をもらったのだった」
かくして、80回の記念大会が幕を開ける。
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2004年1月2日、スタートの大手町には、ここまでたどり着いた選手たちを祝福するような雨上がりの晴れ間が広がっていた。
全国トップ級“1区のスペシャリスト”がまさかの失速
午前8時、スターターによるピストルの音を合図に、19校の大学と一つの日本学連選抜チームがひとかたまりとなって東海道へと駆けだしていく。
選抜チームの1区を任されたのは、徳山大の白濱三徳(3年)。期待か不安かで言えば、圧倒的に期待の方が大きかった。
このシーズンの出雲駅伝では1区の区間賞を取り、全日本大学駅伝でも1区で日本選手最高の区間2位になるなど、白濱は1区のスペシャリストだった。あわよくば出だしから先頭争いに加わり、日本学連選抜チームの赤い襷を上位で持ってくる。そんな予想図を描いていた。
だが、前半で早くもそのプランに綻びが見える。5km過ぎ、白濱が集団から遅れだしたのだ。走り出す前にほんの少しだけ抱いていた不安が、晴天に影がさすように広がっていった。
