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PL学園も廃校危機…高校野球の名門校“なぜ経営難”? PL学園を“最後に倒した”東大阪大柏原の閉校「現在の部員はどうなる?」37歳監督が明かす今後
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柳川悠二Yuji Yanagawa
photograph byJIJI PRESS
posted2026/01/15 11:01
かつて甲子園名物だったPL学園の「人文字」
既にPLの全盛期は過ぎていたものの、兵庫県に生まれた土井にとっては高校野球に一時代を築いたPLを倒すことが一番の目標だった。強打の捕手として高校通算43本塁打を放ち、2005年秋に同校史上初めて近畿大会を制して明治神宮大会に出場し、2006年春のセンバツに出場した。
そして2006年の高校生ドラフト5位でオリックスに入団し、巨人を経て2011年に戦力外通告を受けたあとも社会人チームで野球を続けた土井監督が東大阪大柏原の事務員となったのは2017年だ。硬式野球部のコーチを務め、翌2018年には指揮官に就任した。
土井監督が直接、選手の勧誘に動くこともある。しかし、「3K」時代の印象はいまだ根強く残る。
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「選手勧誘の際には、『柏原高校に預けるのではなく、土井健大に預けてください。土井健大を信用できなければ、来ていただいても良い答えは出ません』ということは親御さんに伝えてきました」
昨夏は甲子園出場…大阪桐蔭を撃破
昨夏、東大阪大柏原は大阪大会で快進撃をみせ、決勝で大阪桐蔭と対決した。試合前、土井監督はナインにこう告げた。
「おそらく全国民が大阪の決勝には注目している。恥ずかしい試合はできひん。ただ、僕が選手時代、決勝まで勝ち上がって、優勝しなかったことは一度もないんや。どんな点差になろうが、2時間、2時間半、3時間と、気持ちを切らさなければ、最後の最後まで可能性はつながっていく。守備位置に関しても、オレを信じてくれ」
捕手としてプロの世界に飛び込んだ経験をもとに、大阪桐蔭の打者タイプによって土井監督は細かく守備位置を指示した。
「試合では良い当たりが野手の正面にいったり、長打性の当たりを単打にとどめたり、偶然にも指示が的確だったことが続いた。すると、高校生というのは不思議なもので、『監督の言うことを聞いていたら勝てる』みたいな感覚に陥るんですよ」
森陽樹、中野大虎という150キロを超える両右腕の対策はシンプルだった。
「ワングリップ以上バットを短く持って打席に入れ」
攻守の指示が功を奏し、東大阪大柏原は6回までに4点をリード。7回に同点に追いつかれたが、タイブレークに突入した10回表に2点を奪い、逃げ切った。僅差ではあったものの、東大阪大柏原の11安打に対し、大阪桐蔭は5安打。内容は東大阪大柏原の完勝であった。
同じ大阪私学…PL学園は経営危機
いま、大阪には廃校の危機にある学校がもうひとつある。高校野球で絶大な人気と実績を誇ったPL学園だ。


